魔王に甘いくちづけを【完】

部屋の真ん中辺りに来た時に、すとん、と足が床についた。

離して貰えるだろうと思った途端に、何故か、もう一本の腕も前に廻ってきた。

太い腕が頬と顎のあたりを掠める。

大きな体に、後ろからすっぽりと抱きすくめられたような格好になっていた。

どんどん力が入っていって締められていくのが分かる。


昼間の出来事が思い出されて、嫌悪感が湧きあがってきた。



あの時は小瓶を取るためだった。

でも、今は―――?

何が何だか分からない。

どうしてアリに抱き締められているの?

もしかして、これは、満月のせい?


でも、月はまだ薄く見えるだけだから、そんなに強い影響を受けないはず・・・

それに、侍女の話を信用すれば、この方は冷静な方であって、どんな女性にも靡かない方で・・・。

ヘカテの夜でも動じないって。

だから王子様は護衛に選ばれたのですねって、言ってたのに――――



小瓶は、アリのポケットの中。

とても取り返せる状態ではない。

どうすればいいの?


信じられない事態にパニックに陥りながらも、なんとか声を出す。

正気に戻って欲しいと、願いながら。



「な・・・な、何をするの?この腕を離しなさい」


すると、頭の上から呟くような声が降ってきた。



「離しません・・・駄目です・・・窓を開けるだけなら良いですが。外は、許可できません」




頭の上が妙に熱く感じる。

明らかに、昼間と雰囲気が違っていた。

頭の上でため息が吐かれてる。


おまけに、舌打ちまで聞こえてきた。



―――重ね重ね失礼な方。

舌打ちしたいのは、こちらの方なのに―――


「決して外には出ないわ。だから、離して」





「・・・・・・申し訳ありません」


長い沈黙の後、言葉と一緒に締められていた腕が緩まっていく。

隙をついてぱっと体を離して、出来るだけアリから離れた。

まだ胸がドキドキしている。


振り返ってみると、アリは両腕を広げた状態のまま固まっていた。

でも、相変わらず表情は変わってなくて、何を考えているのか分からない。



「小瓶を、返して」

「・・・大丈夫です。今後一切、二度と、貴女様に触れません」



足早に定位置に戻って、腕を組んだ姿勢で壁にもたれた。

瞳がしっかりと閉じられる。



どうしても小瓶を返さないつもりみたい。

二人きりでいるのが怖い。

かといって、男の方をもう一人入れるわけにもいかない。

却って危険な気がする。

侍女を呼ぶのもいいけれど、二人がかりでかかっても、アリの力に敵うはずがない。


室長がここにいたらよかったのに。

どうして午後から休暇を取ったのかしら―――


今日という日がこんなに怖くて大変だなんて。




悶々と考え込んでいると、テラスの方から羽音が聞こえてきた。

振り返ると、小さな柵の上から白いものがふわりと飛び立つのが見えた。

窓を閉めようと、慌てて駆け寄ってももう既に遅く。



「あ、入っちゃダメ・・・」


「ぴぃっ」


白フクロウが、難なく部屋に入り込んで来た。