魔王に甘いくちづけを【完】

アリを見つめる熱っぽい瞳と、嬉しげで甘えたような口調を不思議に思ってしまう。


「お茶の時間ですか。では、この件は後程に致しましょう」


「アリ様ぁ?・・・たまには侍女部屋にお寄り下さい。精一杯、おもてなし致しますからぁ」



侍女に話しかけられているというのに、アリは一瞥もせずに通りすぎていく。

ドアを開けて壁のような背中を掌でポンと叩くと、サッと避けて「ご苦労様です」と言って頭を下げていた。

いつも無言なのに。初めて、声を聞いた気がする・・・。

バルの側近というのは、本当なのかもしれない。



「失礼致します」


ドアを閉める間際にきちんと挨拶をするアリ。

その優美な仕草を見ても、他の人の前では礼儀正しいのね、としか思えない。

無理もないけれど、評価は最悪だ。


胸の前で手を組み合わせ、閉められたドアをうっとりと眺めてた侍女が、そのままの表情でこちらに向き直った。

そしてため息交じりの声を出す。


「ユリア様・・・。アリ様は何故ここにいらっしゃるのですか?」

「護衛だそうよ。今日の夜までいるらしいわ」


迷惑極まりないけれど。


「まぁ、ではアリ様は今夜も伽を取られないのですね・・・」


残念そうにかっくりと肩を落とす侍女。

あからさまにずーんと沈んだ様子で、のろのろとお茶の準備をし始めた。

顔をそっと覗きこむ。



―――無礼なばかりだと思うけれど。

何処がいいのかしら・・・?



「・・・聞いてもいいかしら」

「はい?何でもどうぞ。お聞き下さいませ」



ぱっと顔を上げた侍女がキョトンとした顔を向ける。

この子は、他の子たちと違って割とお話をしてくれる。

以前、バルが買ってきたお菓子の話を嬉々として語ってくれた子だ。



「アリは、どんなお方なの?」

「アリ様ですかぁ?あの方はとても素敵なお方なのです。いつも冷静で落ち着きがあって切れ者で―――王子様が一番に信頼をおかれてるお方なんです。文武両道に加えて、あの容姿でございましょう?国中のご令嬢を始め、城の侍女たちも、女性たちみんなに大変人気があるのですわ。今宵、アリ様の夜伽を希望する者はたくさんいますの。・・・・かく言う私も、その一人なので御座います。でも・・・彼は、どんなに綺麗な女性にも靡かないのですわ。ありったけの色香を出して迫っても、眉一つ動かさないんですの。何度話しかけても、先程のように一瞥もくれなくて・・・」



確かに、すっきりとした端正な顔立ちをしてるけれど。

話を聞く限り、仕事も出来るみたいだけれど。

だからと言って、無礼な態度が許されるわけではないわ。

話しかけられたら、どんな相手でも答えるべきだと思う。

この子に対して一瞥もくれないなんて、とんでもないことだわ。



「みんなは、あのような無礼で冷たい方が良いの?」

「そこが、何とも素敵で良いのですわ。なんとか心を射止めたいと、頑張ってしまうのです。ユリア様は、陽の王子様がお好きなのですから、そう思われるのですわ。陰のアリ様の、あの影のある感じが、なんとも女心をくすぐるのです」

「そう、なの・・・?」



―――それが、良いの?


ことんと置かれたお茶を見つめつつ、同じ女性ながらも全く理解できない心理を頭の中で噛み砕いていた。