魔王に甘いくちづけを【完】

「ぇっと・・・・」


思わず呟きが漏れる。

このままだと、まるまる一枚白紙のまま提出することになってしまうわ。

ペンを持ったまま固まってると、頭の上から声がして、武骨な指先が問題を示した。


「私がお教え致しましょう―――・・これは、ランカの天台です」


いつの間にかアリが横に立ってる。

どうして近付く気配もしなければ、足音も聞こえないのかしら。

これでは察知して逃げることも出来ない。

この城にいる誰よりも、このお方が一番の危険人物に思える。



「・・・結構です。お暇なのでしたら、私に構うことなく見廻りに出かけると宜しいわ。私だけでなく、守るべきか弱い女性は他にもたくさんいるもの」



―――そうよ、お部屋を出ていけばいいのよ。

この部屋の守りは、ドアのところにいる愛着のある背中だけでいいもの。

ついでに小瓶を返してくれるといいけれど。

あれさえあれば、何が襲ってこようが怖くない気がする。

だって、この方があんなにしてまで取り上げた物だもの。

それだけのキキメがあるってことだわ。



マリーヌ講師に見習ったツンとした言い方をしてみる。



「これは、明日に持ち越せば良いのですから。貴方は私に小瓶を返して、別の守るべきお方を探されるといいわ」



分からないままの問題を、アリの視界からそろそろと遠ざけていく。

すると、長い指が動いて行く紙をぱしっと抑えた。



「決して暇ではありません。貴女様を守るのに忙しいのですから。私は、他の女性を守る命は受けておりません。何があっても、貴女様だけをお守りするよう申し付かっております。それゆえ今日一日は、どんなに嫌がられようと傍を離れることは致しません。それに、課題をお教えするのは貴女のためでは御座いません。王子様のためなのです」



妃となるお方が、出来ないなどと面目が立ちませんから、と言って課題の紙を元の位置に戻した。

冷淡な瞳が見下ろす。



「失礼でしょう。私は、決して出来ない訳ではないわ」


ただ、聞いてなかっただけよ、ともごもごと言い返していると、ノックの音が響いた。



キィと開けられたドアから、ワゴンと一緒に侍女が入って来た。

いつも通りに丁寧に膝を折ってにこやかに挨拶をする。




「ユリア様、お茶の時間で御座います―――・・・まぁ!アリ様では御座いませんか!いつ、お帰りになられたのですかぁ?」



澄ましていた侍女の声が突然高くなり、瞳がうるるんと輝き始めた。