魔王に甘いくちづけを【完】

「っ・・・。まだ手を出されておられないのですか。それはそれは―――・・・」


心底驚いているのか、怒りを含んでいた瞳がすぅと見開かれ、口角が吊りあがる。


「それでは、ますます私などに奪われたくないでしょう。分かりますね?言うことを聞くべきなのです」


滲んだ涙が溢れて頬を伝う。

スカートの中を探るようにして動きまわる手は、とうとう目的のものに辿り着きピタリと止まった。

それを、ぐっと掴む。



「やめなさい。それを取ることは許しません」

「まだ言いますか・・・このまま無理矢理奪うのもいいですが」


顎に掛けられた指に力が入って、ぐぃっと固定された。


「生憎そんな趣味はありません」

「決して、許可はしません。離しなさい」

「・・・そのように、許可しない、離しなさいと言われても、出来ません。申し訳ありませんが――――この、柔らかな肢体を守るのは、コレではありません。この、私です」



スカートの中から手を引き抜いたアリは、それから――――と、口元をぐっと耳に寄せてきて脅すような低い声で囁いてきた。



「言っておきますが、私は王子様の側近として、皆に大変信用されています。今したことを貴女様が誰に話したとしても、全く信用されないでしょう。生憎ですが、貴女様の評判を変えることはあっても、私の立場は変わることがありません」



アリは思考の先回りをする。

自称バルの側近、と言うだけあって頭が良い。

考えていたことを当てられて、開きかけていた唇をきゅっと閉じた。

その様子を確認したように頷くと、アリは拘束していた腕をゆっくりと離した。


「賢い選択です」


大きな手の中にはジークにもらった小瓶が収められている。

唯一の、身を守る物、攻撃する術を奪われてしまった。

これで、もしもこの男が狼になって襲ってきたとしても、何もできない。



アリは上着のポケットに小瓶を仕舞うと、そのまま、すぅと跪いた。

さっきまでとは全く違う雰囲気を纏う。

従順な従者の姿。



「小瓶を手に入れるためとはいえ、数々の非礼、誠に申し訳ありません。改めまして私は王子様の側近、アリ・スゥラルと申します。ご存知の通り今日は、満月です。王子様の命に従い、貴女様をお守りするべく参じました」