魔王に甘いくちづけを【完】

「急に現れまして申し訳御座いません。私は王子様の側近を務めさせていただいております、アリと申します。室長侍女は、本日午後より休みをとっております」


手をぐっと握られたまま、背中を押されて窓から離れるよう誘導される。

離して貰おうと振ってみるけど当たり前のようにびくともしない。



「それは本当なの?私は何も聞いてないわ。手を離して下さい」



室長は業務に忠実な方だもの。

一言の断りもなく休暇をとるなんて信じられない。

それに、昨日『一緒に月を眺めましょう』と約束したもの。

この方は、嘘を言っている。

信用出来ない。



体全体を使って離して貰えるように暴れてみる。

けれど、やすやすと動きを封じられてしまう。

全力で手を引き抜こうと暴れてるのに、アリというこの男は、微動だにせず涼しい顔をしている。



「駄目です。貴女様は私を信用していない。今離せばジーク殿の小瓶を使うつもりでしょう」

「・・・っ、使わないわ。だから離して。離しなさい」



この男に、見透かされている。

それに、何でジークに薬を貰ったことを知ってるの?

何の紹介もなく急に現れたこの方を、信用できるわけはないわ。



「正体の知れないのは、白フクロウだけじゃないわ。貴方もよ」



同じなら、ふんわりとした純白の羽の、あの鳥の方を部屋に入れた方がましだわ。

がっしりと掴まれた手と背に当てられた掌は動くことがなく、いくら睨んでもちっとも離してくれそうにない。


男の方の力がこんなに強いなんて知らなかった。

考えてみれば、力いっぱい抵抗するなんてこれが初めてかもしれない。

ラヴルには不思議な力で抵抗力を奪われた。

セラヴィというあの青年の時は、抵抗するべき力がない時だった。

バルの腕は優しいから何故か抵抗できなくなる。

でも、この方は――――



最後の手段と、アリの腕に噛みつこうとしていたら、ふぅ・・とため息が吐かれた。

余裕たっぷりのその態度に、余計むかっとしてしまう。



「随分話と違うな。結構気の強いお方だ。仕方ないですね・・・」



背中に当てられていた手にぐいっと力が入り、すーと引き寄せられてぎゅっと抱き締められた。

厚い胸板に顔が押し付けられて、噛みつく目論見が泡と消える。



「お願い致します。大人しくして下さい。でないと私は、王子様に叱られる事をしてしまうことになります」