魔王に甘いくちづけを【完】

否定の念を込めて手を見つめていると、手の甲を隠すようにして両手を擦り合わせ始めた。

にんまりとしていたのが、少しバツの悪そうな表情になる。


「あぁ、この手か・・・。普段は満月でもこんなにならんのだが。今宵の月は魔力が強くてな・・・朝っぱらからこうだ。すまんな、毛深いのは嫌か?」

「無駄に毛深いのは好きではないけれど。ジークのそれは嫌いじゃないわ。だって、狼なんだもの。それに・・・先に謝らないでください。まるで、私が嫌ってるのが当然のように聞こえてしまうわ。決してそんなんじゃありませんから・・・それよりも、普段はってどういうことですか?今夜の月は、何かが違うの?」

「あぁ、そうだった。それを言っておかにゃならんな。狼の意味にも通じることだ・・・。今夜の月暦は、ヘカテだ。ヘカテは月の女神のひとりで、魔の力と繁殖を司る。またの名を復讐の女神とも言われていて・・・。あぁこの話を始めると長くなるな。・・・まぁ要するに、月の力が強いというわけだ。今夜は影響で魔者たちの血が騒ぐことになる。魔力を利用するにも、繁殖するにも、最適の夜なんだ」


「魔の力と、繁殖の女神様・・・」



―――繁殖するって・・・あの、子孫を残すことよね・・・。

魔の力も今夜は強くなる。狼の意味が何となく分かったわ。

確かに、説明しづらいかも。

私たち女性にとって、とても危険な夜―――――



「血気盛んな若い者たちは、こぞって相手を探しに出る。今日男たちは、前から目を付けていた娘に求愛しにいく。中には月の力に負けて平常心がなくなり、暴走する奴もいるんだ。狼の娘たちなら強い爪で引っ掻いて拒否したりできるが・・・」


「・・・私には、爪はないものね・・・」



自分のひ弱な手をじっと見つめる。

自分自身さえも守れそうにない指。

思い切り叩いたとしても相手を倒すどころか、この手の方がダメージを受けてしまう。

何か、武器がないと・・・。



「それでも毎回、一人や二人、襲われて泣く娘がでる。衛兵たちも警戒を強めて見廻ってはいるが、限界はある。だから、お前にはコレが要るんだ。それとリリィには特に、な・・・―――コレで、身を守らんといかん」



見廻る立場の衛兵自身も危ういからな、とテーブルの上にある例の薬瓶を指差すジークの瞳は、真剣そのものだ。

その視線が、ドアの方にふと向けられた。

何を思っているのか、じーっとドアを見つめている。



「ジーク、分かったわ。有難うございます。今日一日は、気をつけます」

「頼むぞ。いいか、必ず、それを肌身離さず持っててくれ」




念を押すように、必ずのところを強めて言うと、ジークは鞄を持ってすくっと立った。

去っていく背中を見送って、小瓶を手に取り、ドレスのポケットにしっかりと仕舞った。