魔王に甘いくちづけを【完】

ナーダは腰に手を当ててユリアを眺めた。


――この人間の娘のどこがいいのかしら・・・。

確かに綺麗だけど、薄ぼんやりしてて、とてもラヴル様の好みではないのに・・・。

人間の娘なんて、命じられれば、この私が喜んで攫って来るのに。


ほら、せっかく用意した食事も見もしない。



ナーダは、動きそうにないユリアを睨み、あからさまに不機嫌そうな声を出した。


「ユリア様、早くお食事をなさってください」


言いながらベッドの傍に近付き、ユリアの手を引っ張った。

兎に角ベッドから降りて貰わないと・・・このままじっと待っていても、ユリアは食事をしそうにない。


「ほら、ユリア様―――」


急に手を掴まれびっくりしたのと同時に、ユリアの心に言いようのない恐怖感がむくむくと湧きあがってきた。


その恐怖感は本能がもたらしたものなのか、目の前のナーダは、普通の人と変わらない風貌で、バルのように獣のにおいも漂ってこない。

それなのに、何故か、怖いと感じてしまう。


――この人、怖い・・・・。


「嫌―――!離して下さい。自分でしますから」


ナーダの手を振り払って、ベッドから降りた。

途端にクラッと視界が揺らぎ、体が床に近づいていく。


―――私どうしたのかしら・・・なんだか、体に力が入らない・・・・。


成す術もなくゆっくりと倒れていく体。

ナーダが咄嗟に抱き止めて、椅子まで運んで座らせた。


「ユリア様―――大丈夫ですか?」


「えぇ・・・」


「食べてないから体が弱ってるんですよ。この食事はユリア様のために作られたものです。いいですか?“全部”食べて下さい。食べ終わるまで私はここで見てますから!」


ナーダは鼻息も荒く、“全部”の部分を強調して言った。

ラヴル様のためにも、この娘に体力をつけて貰わないといけない。



―――これを全部・・・・?

確か、あのとき“消化の良い食事”って言ってた気がするけど。

これって消化が良いの??



大きな皿の上には、血の滴るようなステーキ、ほうれん草とヒジキのサラダ、それに何で出来ているのかよく分からないスープが、あたたかい湯気を出してテーブルの上でユリアに食べられるのを待っていた。



「あ・・・あの・・ナーダさん」


「ナーダで宜しいです。何でしょうか?」


「ナーダ、コレ全部なんて、とても食べきれません」



困ったようにナーダを見上げると、無言のままじっと見下ろしている。


その表情は“いいから、文句を言わずにさっさと食べろ”と言っていた。


ユリアは諦めたようにため息をついて、ナイフとフォークを持って、まずは肉から攻略し始めた。