魔王に甘いくちづけを【完】

「あいつの―――ザキのおかげだ。後で礼を言わねばならん」

「そうでしたか。ザキの奴、お手柄だな。勲章でもあげたらいかがです」


よし、もう動いても良いぞ、と言ってジークは背中を怪我していた衛兵の肩をポンと叩いた。

衛兵は、ありがとうございましたと立ち上がって、少しよろめきながらも歩いて行く。


「やっぱり、隣に可愛い子がいると男どもの治療がはかどるな。俺も、貸してくれたザキに礼を言わなきゃならんな・・・」



大きな手が、御苦労さん、とふわふわした赤毛をクシャリと撫でた。

リリィははにかんだように笑んでいる。

さっきから冗談ぽいことばかりを言っているようだが、ジークの表情はずっと真剣なままだ。



「よし、あらかた治療は出来たな。リリィ、もういいぞ。良い助手だった、ありがとうな。先に彼女のところに行ってろ。俺はもう少ししたら行くから」

「はい、ジークさん、お疲れさまでした」



ペコリと頭を下げ、赤毛を揺らして小走りに宮を出ていく。

元気そうに振る舞っているが、その顔色は気の毒なくらいに蒼白だった。

その小さな背中を見送ったあと、ジークが重々しい声を出した。




「バル様・・・おかしいと、思いませんか?こんなことが朝っぱらから起こるとは。満月が近いとはいえ、不自然です」


「やはりお前もそう思うか。俺もそう考えているところだ」




あれは一体どういうことなのか。


“奴は月の力と彼女の甘い香りに負けた”


これが月の輝く夜に起こったことならば、誰もが単純にそう考える。


だが今は、太陽が輝く朝だ。

それに加えて、奴のあの様子。

思い返すと、どう考えても腑に落ちん。


あのとき対峙した際に見た瞳は、光もなく虚ろだった。

あんな事をしでかすような気が昂った状態ならば、普通瞳は狂喜に輝く。

牙を失い、自我を失った様子でもない。

あれは、何者かに術をかけられたような、そんな感じを受けた。


それならば、一体どこの誰が・・・。

一人、思い浮かぶ顔があるが、彼女に危険が及ぶような真似はしないだろう。


何れにしても、ルガルドの尋問結果次第。

全ては、旅から戻ったあとだ――――




「ジーク、留守の間は宮に騎士団を常駐させる。それに、明日にはアリも隣国から戻ってくる。ルガルドとともに彼女を守っていてくれ。満月が来る、しっかり頼んだぞ」


「承知致しました。どうぞご心配なきよう。貴方様は、しっかりと旅の目的を果たして下さい」