魔王に甘いくちづけを【完】

「はい、王子様。ここに御座います」


呼び声に応じて開かれたドアの横で室長が畏まっている。

頭を下げるその前を通り過ぎる際、バルは、極力小さな声で素早く命じた。



「留守の間彼女を任せる。心して守れ」

「畏まりました。命に代えましてもご命令のままに」



小声である意を汲み取り、微動だにせず室長も声を絞る。

そのまま止まらず行こうとする背中に、小さな声が投げられた。



「待って、バル」



耳にはっきりと届く柔らかな声。

直後に衣擦れと、羽が生えてるのではないかと思う程に軽い足音が聞こえてくる。

背のすぐそこに、彼女の息吹きを感じる―――



「―――何だ?」


「ぁ・・気をつけて行ってらっしゃいませ。ご無事を、祈っています」




―――瞑目して想像する。

お前は今、どんな表情をしているのだろう。

少しばかりは寂しいと思ってくれるのだろうか。


今の言葉。


―――帰りを待っています―――


少なくとも、俺にはそう聞こえた。

単純にも、心が沸き立つ。

何がなんでも旅を成功させ早く帰り、お前の顔を、見たくなる。

その顔を、笑顔に変えたくなる―――



目を開き前を見据える。



「―――うむ。行ってくる」




そのまま振り返らず部屋を出た。

正直、まだ不安はある。

できれば傍にいてこの手で守りたい。

こんなときに旅に出るのもどうかと思う。

が、これは守ると決めたときから覚悟していたこと。

やらねばならないことならば、早い方がいい。

それに、今が一番の好機なのだ。





「王子様」



不意に前方から声が聞こえてきた。

進む先の廊下に一人の男がスッと跪くのが見える。

肩には王直属部隊の印、柊の葉。




王の手配か。

いつもながら、対応の素早さに感心する。


“先見”とは王の旗印。


まさにその意の通りのことをなさる。


跪いて礼をとる逞しい体躯。

確か、この者は――――




「騎馬隊長ブラッド、王命により参じました。近衛騎士団長ルガルド殿に代わりまして、我が御供仕りますことを許可願います」

「―――お前が隼のブラッドか。噂には聞いている」

「醜聞恐れ入ります」

「うむ、同行を許す。仕度を整え合流しろ」

「は、速やかに仰せのままに」




目の前にある跪いていた体が瞬時に消えた。


音もなく、か。


王直属部隊でも暗部に属する者がいる。

彼らは、特化した能力を最大限に磨いている。

ブラッドはその中の一人。

彼らには、俺も、敵わんかもしれんな。