魔王に甘いくちづけを【完】

何だか声をかけづらい。

けど・・・。


「・・・バル。その、あずかり」

「あぁ、それに、だ―――」



問いかけようとした言葉の上に、また、強い声が重ねられた。

ゆっくりと向き直った顔は、普段どおりの表情に戻っている。

それから悪戯っこい笑みが漏れた。

まるで今までの出来事がなかったかのような笑顔。



「それに、お前は俺の“妃候補”でもあるからな」



そんな顔をするな。偽の、だろう。と付け加え脇に跪いた。

口を開きかけると、静かに、と言って目の前に人差し指が立てられた。

これでまた、何も言えなくなってしまう。

やっぱり、バルはずるい。



「―――さて、妃候補殿。宜しいか?」


重かった空気を払拭するように、口調を変えたバルの掌が膝の上の手にそっと重ねられた。


「俺が、そもそも何のためにここに来たのか、そろそろ話さねばならない。生憎時間も迫っている。聞いてくれるか?」



―――時間って、どうして・・・。


そういえば。


バルの姿を改めて見てハッとする。

いつものきちんとした服と違って、ジークの家で見たような軽い動きやすい服を身につけている。

もしかして、これは旅装束・・・。

どこかに、出かけるつもりなの?


「・・・はい」

「うむ、その表情。色々質問があることは、分かっているつもりだ。だが今は答える時間がない。それに俺は、お前が怒ってることは知ってる。見当違いでなければ、何故怒ってるのかも分かってる。ジークから聞いてるだろうが・・・これに関しては、これでもかなり落ち込んだんだぞ。お前に、嫌われたと、思った」



“バル様が沈み込んでいる”


・・・ということは、あの原因は、ジークや王妃様の仰る通り、私だったの?

じっと見つめてくるブラウンの瞳は真摯な色で染められていて、珍しくずっと黙ってる。



「そのことは、ジークだけじゃなくて、王妃様からもうかがってます」

「っ、王妃も来たのか・・・」



バルも王妃様は苦手のようで、名前を出すといつも困ったような表情になる。

唯一の弱みみたい。



「えぇ、とても心配そうにしてました。でも、バル、間違えないで欲しいの。嫌ってるんじゃなくて、私は、怒ってるだけですから」



だって、あまりにも何も言わせてもらえないんだもの。

今もそう。バルには人を黙らせる力がある。

やっぱり、こういう所は生まれながらの王子様なんだ、と思う。

人を、従わせる力。