魔王に甘いくちづけを【完】

「ユリア様、王子様がおいでで御座います」


にこやかに頭を下げ脇に大きく避ける。


「室長侍女は下がっていろ」

「畏まりました」


室長が部屋から出ると、入れ替わるようにしてバルが入ってきた。

室長の手によって、ドアが音もなく閉められる。




「―――大丈夫か?」


真っ直ぐに向けられるブラウンの瞳。

心配げな表情で足早に近づいてくる。

何度も見た、いつものバルの顔。



“大丈夫じゃないわ”


そう言いたいけど、まだ震えが止まらない。

動けない。唇が固まったように閉じたままで開かない。



「・・・座っても、いいか?」


その問いに、答えることも出来ずに、ただ傍に立っているバルをじっと見つめた。


―――怖い・・・怖いの。

目の前で大切なものを失う恐怖。

前もこんなことがあった―――



黙ったままでいるのを拒否と受け取ったのか、バルは立ったまま。

腰をかがめ腕がゆっくりと伸びてきて、掌が震える肩にそっと乗せられた。

その拍子に、固まっていた体がビクンと動く。

同時に声も漏れた。


「ぁ・・・」

「―――すまない。怖かっただろう」


肩の上の手に力が加わっていく。指が食い込んで少し痛い。


「バル・・・あの方は・・何?」


―――私を狙っていたわ。室長が身を呈そうとしてた。

私はまた、止められなかった―――


「爪に・・・血が、たくさんついてて・・・」



あの血は誰のものなの?

廊下で騒いでいた方たちは?



「それに・・・それに、服にも血がたくさん付いてて・・・」



いつもの、あのヒトは無事なの?

・・・あの侍女たちは?

みんなは?



いくつもの顔が頭の中をよぎっていく。

たくさんたくさん聞きたいことが溢れてくるのに、上手く舌が回らない。

途切れ途切れにしか言葉が出ない。




―――闇の中で閃く剣・・・

月明かりに見えた飛ぶ血飛沫・・・

倒れていく人・・・叫び声―――



同時に見えた光景。

私には何もできなかった。

震えてることしかできなかった。



「私・・何も・・・何も、できなかったの」


―――見てることしか出来なかった。

もどかしくて、情けなくて、辛くて―――


涙が溢れてくる。

これは記憶の感情なの?

それとも、今のもの?



「わた・・私・・・私――っ」


「落ち着け。もう大丈夫だから。落ち着いてくれ、頼む」




ふわ・・と体が包み込まれた。

耳元で、低い声が聞こえる。



・・・抱き締めて、すまない・・・



言葉と同時に腕に力が入っていく。


「バル・・・あの」



・・・すまない。今だけだ、許してくれ・・・



ぐっと、力が入った。