魔王に甘いくちづけを【完】

記憶の波に沈み込む細い糸。

それをなんとか摘み上げて辿ろうとしていると、室長の声に引き戻された。



「ユリア様!お気を付け下さい」



切羽詰まったような響き。

室長の視線の先はドアに定まったまま。

あのドアの向こうに何かがある。

誰か、来る――――



『ここに、いるのかなぁ~?』



粘着質な声が向こうから聞こえてくる。


一体何が起こってるのかは分からない。

けれど、これだけは分かる。

目的は多分、きっと私・・・。





かちゃ・・とノブがまわされてゆっくりと開かれていく。

男の太い腕が見え、次に肩。

やがて黒のフードを被った青白い頬が見えた。

目深にかぶったフードの影に隠れて目は見えない。

ニタァといった感じに薄い唇が歪められる。





「・・・みぃ~つけた」




ゆっくりと動いて開かれていくドア。

男の全身が現れ身構えている室長の方に体を向けた。

むせかえるような匂いが漂ってくる。

黒い袖がじっとりと濡れている。

色は良く分からないけど、あれは多分、血。

そこから覗く鋭い爪先には血がべっとりと付いている。


聞こえていた大きな音は、多分、この男が暴れていたもの。

よく見れば、服全部も所々がじっとりと濡れている。

あれが全部血だとしたら・・・



――――怖い・・・。

ソファに体が張り付いてしまったように動くことが出来ない。

この男の目的が何だか分からない。

恐怖に怯えながらも、不気味な笑みを漏らす顔をじっと見つめる。

・・・知らない顔・・・

もしかして、これはやっぱり私の命を狙いに来たの?




真っ赤な爪をちらつかせ、男がねっとりとした口調で言った。



「さぁて。まずは、邪魔なお前からだ」


「―――っ!ユリア様、宜しいですか。私が指示致します。その通り動いて下さいませ」


低く響く声で言うが早いか室長の体が撥ねた。


「まずはそこから動かぬよう!」


男に向かって行く室長の爪が鋭く尖っているのが見える。

男の唇がますます歪んだ。



「俺に、敵うと思うのかなぁ~?」



室長が迫っているのに全く男は動かない。

余裕たっぷりに唇を歪め、嫌な笑みを浮かべている。


嫌な予感がする。この男はきっと、強い。



「待って!パメラ!」