魔王に甘いくちづけを【完】

城宮の一階がにわかに騒ぎ始めたその頃、その最上階では。

朝日の差し込む窓際で、ユリアは大きな姿見に向かって立っていた。

てきぱきと動き回る二人の侍女に挟まれ、微動だに出来ずじっと固まっている。

これがいつもの身支度光景。

いつもどおりの朝。


部屋の中は、衣擦れの音とメイク道具のぶつかり合う音だけがしていて、3人ものレディがいるのに誰も口を利かない。

もし一言でも発しようものなら「動かないで下さいませ」とピシリと言われて睨まれてしまう。

数歳くらい若く見えるのに侍女たちはみんなとても迫力がある。

ここにそういう者が宛がわれただけかもしれないけど。


一人は背が高い侍女で、右手に櫛を持ち口元にはピン。

左手は綺麗なストレートの髪の束を持ちあげ、櫛とピンを駆使してさささと結いあげていく。


もう一人は背の低めの侍女。

メイクセット入りの手籠を腕に通し持ち、真剣な顔つきでユリアの唇に筆を走らせている。


暫くの後、目の前の真剣な表情が和らぎ満足げにふぅ・・と息を漏らし、筆を箱に収めて柔らかく微笑んだ。



「・・・ユリア様、もう動いてもよろしいですわ。今日も大変お綺麗ですわよ。王子様も御満足されるでしょう」



侍女が、手鏡をユリアに渡す。

合わせ鏡にして髪を具合をチェックする。

今日はダンスのレッスンがあるからか、固めにセットされている。

髪飾りも少なめ。



「素敵だわ。気に入りました。どうもありがとう」


毎朝ほぼ決まってるセリフを言ってニコリと微笑むと、侍女達は体の周りからすーと引いて行く。

手早く道具を片付け侍女たちが部屋を出ていくと、今度はワゴンが部屋の中に運ばれてくる。

白衣を着た使用人が「おはようございます!」とにこやかに挨拶をして持ってくるのは、ユリア専用の朝食。

狼族とはメニューが違うらしく、いつも朝食だけは別にされている。

使用人の手がテキパキと動き、テーブルの上に焼きたてのパンにサラダ、それにスープが並べられる。





・・・と、これが決まって繰り返される朝の光景。

けれど、それが今日は少し様子が違ってて―――――




「―――おかしいですわね・・・」