魔王に甘いくちづけを【完】

あれは、夢だったのかしら・・・それとも、現実?

どちらにしても、もっと早く目を開けていれば良かった。

瞳に映したいと焦がれていた人は、すぐに闇の向こうに消えてしまった。

最後の言葉も聞き取れないままで、限界だな、までしか残っていない。

どんなに後悔しても、遅い。

時を戻したいと願っても着々と進み、どんどん過去に変えていく。

月の明りが消え去り、太陽の光が地上を支配し始める。



でも、伝えたいことは臆することなく言えた。

全部ではないけれど、気持ちをぶつけることができた。

夢だからこそ、だけれど―――


あの幻のような影。

ここは魔の住む世界だもの。

あれが本当にラヴルのものなのか、他の何かが殻を被っていたのか、実際にははっきりと分からない。


けれど―――


髪に、頬に、触れてくれた優しい掌の感覚は、まぎれもなくラヴル本人のものだった。

だからきっと、会いに来てくれたのだと信じている。

夢うつつの中で交わした会話は少ないけれど、貰えた言葉を思い返すだけでこんなに幸せな気持ちになれる。

例え、それが記憶の中で良いように補正されていたとしても。


それに、強く願い続ければまた会えるかもしれないもの。


ここはバルの宮。

あの夢のように書き留めておくことは、はばかれる。

だから、記憶から零れないように、ひとつひとつを胸のうちにそっと閉じ込めた。







ベッドから体を起こすとほぼ同時にノック音が聞こえ、いつも通りにリリィが顔をのぞかせた。

おはようユリアさん、と言いながら元気な笑顔が前を通り過ぎ、カーテンを開け始めた。

城に来てからのいつも通りの一日が、始まる。



「ユリアさんっ、今日もいい天気だよ」



眩しいほどの朝日が部屋の壁に当たり、金属製のランプシェードを鈍く光らせた。











その頃、バルは謁見の間で父である王に会っていた。

バルの言葉を聞いた王の眉間に深いしわが刻まれる。



「どうしても行かねばならんのか」


「はい。この目で確かめたいのです」


「うむ―――そなたの強い気持ちはよく分かる。だが、知っておるだろう。かの道は非常に危険が伴う。いつものようにそなた独りで、というわけにはいかない」

「それは、心配には及びません。同行者の人選は既に済んでおります。本人たちの承諾も得ております。占師サナから一名と近衛騎士団長一名それにザキを同行させたく、許可を願います」


「・・・近衛騎士団員一名追加だ。先の大会で優勝したあの者だ」


「はい・・・有難う御座います」