魔王に甘いくちづけを【完】

夕暮れ迫る静かなユリアの部屋。

テーブルの上に突っ伏し、いつの間にか規則正しい呼吸音が始まっていた。

まどろみつつ自分の出す音に耳を傾けていると、ふわふわとした感覚に陥っていった。


頭の隅でぼんやりと思う。


またあの夢が始まる―――




―――・・・窓はぴっちりと戸が閉められ灯りもない何一つない暗闇の部屋の中、独りで耳を塞いで蹲る小さな体。

服装は黒のままで着替えた様子はない。



・・・また、夜が来た。

鳥の声も聞こえない独りきりの寂しい夜が。

隣の部屋に大人たちが集まっている音が聞こえてくる。

ガタガタと椅子を動かす音。

どんなに塞いでいても聞こえてしまう声。


『厄介者』

『困りもの』


何処に行っても聞いてしまう言葉。



―――わたしには、いばしょがない。


どうして?わたしの何がいけないの?


そう問いかけても、誰も何も教えてくれない。

ただ歪んだ笑みを向けてくるだけ。



「わたし、いい子にしてるからここにおいて」



いくら頼んでも目を逸らして首を振って逃げてしまう。

だれも、わたしを見てくれない―――





「お前はいい子だよ。だけど、ほんの少し特別なんだよ。大人たちはそれを嫌うんだねぇ。きっと怖いのさ」


髪を丁寧に梳きながら、おばば様はしわくちゃな顔を歪めて辛そうに微笑んだ。


「とくべつ?それってなぁに?こわいって、何で?おばば様はだいじょうぶなの?」

「何言ってんだい、平気さ。こんな可愛い子を怖がるもんか。だけどね、特別なことは今は知る時じゃないのさ。お前はまだ小さいからね。その時が来れば自然にわかるから、その時まで待っておいで」


おばば様のしわくちゃな手がいつまでも頭を撫でてくれた。



―――やさしかったおばば様。

いつも味方をしてくれたおばば様。

でも、いまはもういないの。

寂しい。

おばば様に、会いたい―――



ふら・・と立ち上がり、大人たちが集まっている部屋を通り抜け外に出る。

月明かりも届かない、うっそうと枝を伸ばした木の下をふらふらと歩いて行く。

大人たちは誰も後を追いかけて来ない。

誰も止めない。

部屋の中を通る姿を見ても、みんな固まったように動かなかった。




―――ひるま見たきれいな蝶のむれ。

あの男の子がよんでくれたこと知ってる。

元気づけてくれて、あたまをなでてくれて「またな」って言ってくれた。

笑ったかおが、とてもやさしかった。

さいごにもういちど、あの子に会いたい。

けど、きっとむりだ。

あの子がだれかもわからないもの。

わたしにはさがし方もわからないもの。


だから、さよならも言えない。


わたしは、だれも、たよれない。


だから、いなくなっても、だれも気にしない――――