魔王に甘いくちづけを【完】

「ごめんなさい。あの、『すとろー』っていうのは、何ですか?」

「国一番の高名なパテシエがいる菓子店の名前です。今日の朝一番に、王子様自ら出向いて、お買い求めになったそうですよぉ」


「―――王子様が、これを?」


改めて、出されたものをまじまじと見つめる。

シンプルな白いお皿に大きなプディングが乗っていて、その横にクリームとフルーツが彩りよく盛り付けらている。

まるでディナー後のお洒落なデザートのよう。

買って来たのは、この真ん中のプディングね。



「そうですわ・・・きっと、勉学に勤しむユリア様のためにご用意なさったのですわ。・・・あの王子様がですよぉ?素敵ですわぁ。ユリア様、本当にお幸せですわねぇ」


ため息交じりな声。

侍女は胸の前で手を組み、夢見るように宙を見つめる。

その瞳がハート型に見えるのは、気のせいかもしれない。


でも正直、“あの王子様がですよぉ?”と言われてもピンとこない。

このお菓子もわざわざ買いに出かけたわけではなくて、何かの用事を済ませたついでに、適当に見つけたお店に寄ったのだ。

それがたまたま有名なお店であって。これも店主に進められて、購入を決めたに違いない。


先日からすっかり悪くなってしまっているバルのイメージ。

これが払拭されるのは、いつになるだろう。



でも、侍女がそんな風に言うなんて、バルってどんな王子様なのかしら・・・確かに、人気とか人望とかありそうだけど。

ジークの家で、過保護なくらいに心配してくれた姿しか知らない。


・・・ん・・看病してくれたことは、とても感謝してるわ・・・。

守ってくれたらしいところも・・・有り難いと思う。


でも、あれとそれとは別なんだから。

私は、怒ってるんだもの。


不意に懐柔されかかり「誤魔化されては駄目よ」と独りごちながら頭をぶんぶんと左右に振っていると、侍女が咳ばらいをしつつ遠慮がちに声をかけてきた。


「あの、ユリア様。そのように感動しておられるところ申し訳御座いませんが、お早くお召し上がりになりませんと・・・。ほら、珈琲も冷めてしまいますわ」


夢見る乙女状態から我に帰り、いつものトーンに戻った侍女の瞳が早く食べてくれと急かしてくる。



今の、何処が感動してるように見えたのかしら・・・。

でも、そうね、いろいろ思うことはあるけれど、美味しいお菓子には罪はないもの。


「いただきます」


一口含むと、そのあまりの美味しさにたちまちに頬が落ちそうになる。

さすが、国一番のお店のお菓子。

一口入れるごとに疲れていた心と体に甘みが沁みわたっていく。

食べ終わる頃には身も心もすっかり癒され、ほんわりと温かい気持ちになっていた。



「ありがとう。これで残りの課題も頑張れそうよ」

「まぁ、そうですか。王子様にそうお伝えしておきますわ」



空になった食器を片付け始めた侍女に声をかけると、爽やかな笑顔を返してくれた。

ユリアは再びテーブルに向かい課題を片付け始めた。