魔王に甘いくちづけを【完】

緊張の中初めての講義が終ったあと。

午後の部屋の中でユリアは真剣な面持ちでテーブルに向かっていた。


「っと、これは・・・でしょ・・で、こっちは―――――」


柄に花が描かれた可愛らしいペンを持ち、ぶつぶつ独りごちながら紙とにらめっこ。

目の前に置いた物の他に、テーブルの隅には3枚の紙の切れ端が乗っている。

全部で4枚あるうち、まだ2枚しか出来ていない。


講義の終了と同時にマリーヌ講師が眼鏡の蔓をつまみながらツンと顔を上げ

「では、これをどうぞ。課題で御座います。明日までに」

と言って置いていったものだ。



マリーヌ講師は教えるのは上手だけれど、冷たい雰囲気が少し苦手。

たまに眼鏡の奥が蔑むような色を見せるのでぞくっとする。

やっぱり種族が違うから嫌われてるのかも、と思う。

こんな人が妃候補?王子様に相応しくないわって、思っていそう。

偽の立場だから、どう思われていたとしてもそんなことはいいのだけど。

でも、出来ないお方だと思われるのはとても悔しいし、リリィの主としては“やっぱり他所者だから”と言われて、肩身の狭い思いをさせるのはまことに忍びない。

だから講義の間ずっと気が抜けなくて、真剣に、一言ももらさず、半ば睨みつけるようにして聞いていた。

おかげで習ったことは全部覚えているけれど・・・。



「もう、バルったら。話が違うんだもの。適当どころか、これでは本格的な上に必死だわ」



毒気のないバルの笑顔を思い出す。

全ての人を懐柔する人懐っこい笑顔が迫ってくる。


―――・・・っ、そんな爽やかな顔してもダメなんだから。

私は、この間からずっと怒ってるんだから。

それにまだ謝って貰ってないもの。

王子様が謝るなんて、そんなことしないかもしれないけれど。

でも、でも。身分に関係なく悪いと思ったら謝らなくちゃいけないと思うの。私は、許さないんだから。



紙には今日習ったばかりの内容が穴埋め問題となって書かれている。

ぷんすかしながらも、ひとつひとつ思い出しながら慎重に答えを書いていると、ドアをノックする音が響いた。

少し遠慮がちに出された小さめなこの音は、お付きの侍女のうち一番歳若の子のもの。

手を休めてふと時計を見やると、お茶の時間になるところだった。



―――もう、そんな時間なのね。

夢中になってると時が経つのが早い。



疲れた頭をコキコキと左右に動かしてると、入ってきた侍女がワゴンの脇に立って膝を折って挨拶した。