魔王に甘いくちづけを【完】

ユリアは信じられない思いで手の中の本を見つめた。

てのひら3つ分くらいの大きさのそれは思いの外ずっしりと重く、表紙には何の文字も書いてなくて、立派なひげを蓄えた男の人が玉座に座っている絵が描かれている。



―――・・・私、何でこれが読めるのかしら。

ルミナの屋敷にいた頃に差し入れられた謎の手紙は、確か全く読めなかったわ。

もしかして、あれとこれは違うのかしら。

でも、これは、自国の文字とは全く違うのに。

前に男の子が出てきた夢を書きとめた時の文字が、多分私の国のもの。

こんな文字、一体どこで覚えたのかしら―――



自分で自分が分からなくなる。

背中を冷たいものが走り、自分が怖いと感じてしまう。

私は、誰なの―――――?




本を見つめたまま固まってると、上から抑揚のない声が降ってきた。


「では、ユリア様、どの部分でもよろしいです。少し音読してみて下さい。疑うわけでは御座いませんが、念のためです」

「・・・はい。えっと・・・298年、ロゥヴェルより独立。初代王ルシル・マルフィ、国名ラッツィオとす。309年、奴隷制度廃止・・・」



適当な目についた文章を読み上げる。

年度と時の王名、主な出来事が書かれていて、この本は国の歴史のよう。

読むのを辞めても、マリーヌ講師は何も言わない。

あまりにも反応がないので、もしかすると実はすっかり全部間違えていて、無表情な顔が呆れ顔に変わってるかもしれない。

読めてないのであれば、それはそれで却ってホッとするけれど、さっき「読めます」と言った手前、違っていたら少し恥ずかしい・・・。


「あの・・・合ってますか?」


聞きながら恐る恐る見上げてみると、眼鏡の奥の細めだった瞳が少しだけ丸くなっていて、口が半開きで固まっていた。

その様子は、呆れてしまって開いた口が塞がらないというよりも、意外なことに驚いていてすっかり言葉を失っているように見えた。


「マリーヌ講師?」


慎重に声をかけると、ぱっと我にかえって眼鏡の蔓を指でつまんだ。


「あぁ、申し訳ありません・・・もちろん合っております。では、手習いは必要ありませんね。読めるのであれば、文字も書けるはずですので。念のため準備してきましたが―――」


そう言って次に差し出そうとしていた紙の束をサッと鞄の中に仕舞ったあと眼鏡をくいっと上げた。


「では、講義を始めます――――」