魔王に甘いくちづけを【完】

今まで、一声も発しなかった隅の方から声が聞こえ、客たちが全員そちらに注目した。


「1000だって・・・?」

「うそだろう―――」

「まさか・・・そんなに?」


口々に言いながら、悠然と座っている男の方を見ていた。


「1000だ!」


一歩遅れて従者のような男が立ちあがり、大きな声で叫んでいた。

従者は、本当なら自分が先に言うはずだったのに、すっかりタイミングを逃してしまっていた。

主人が言った後でも、自分の役目を果たそうと、会場中に知らしめる様に大きな声を出していた。

その脇で主人は腕を組んで静かに舞台を見つめている。



「1000!1000で御座います!他にはもう御座いませんね――――45番の方に落札されました!」


司会の男の終了の声とともに、金槌の音が大きく響き渡り、一歩遅れて大きな拍手が沸き起こった。

鳴り響いた音と同時に、首に繋がれていた鎖がグイッと引っ張られた。

突然引っ張られたものだから、よろけて膝を着いて倒れてしまった。

それを立たせようとしているのか、鎖がますます引っ張られてしまう。

ベルトが食い込んでしまって息が苦しい。



「おい!丁重に扱え、こいつは1000だぞ。傷をつけてキャンセルされたらどうするんだ!」


司会の男が窘めると、鎖が緩まり喉がすぅっと軽くなり、新鮮な空気が一気に通り、堪らずに咳き込んでしまった。


「コホッ・・コホッ―――」


会場では先程出た価格の大きさに、客たちがまだ騒然としていた。

落札したテーブルの方を見て、主人と従者を興味深げに見つめている。

落札を逃した好色男が悔しげに睨んでいた。

当の落札した主人は落ち着いた雰囲気で静かに座っている。

従者の方は、少し所在なさげにキョロキョロとしていた。

その傍に黒服の男が近づき、丁寧に挨拶をした後、2人を会場の外に連れ出していた。

司会の男が娘を助け起こし、手首に『45番』と書かれた札を嵌めた。



「よし、お前はこっちに来い」


鎖をやんわりと引っ張られ、長い廊下を進み男の後についていくと、小さな部屋に入れられた。

鎖を部屋の隅の棒に繋がれ「ここで待っていろ」そう言い残されドアを閉められた後、カチャリと鍵をかける音がした。

娘は部屋の中にあった小さなひじ掛け椅子に座った。

さっき起こったことが夢の中の出来事のように感じられる。



“1000”

会場が静まり返り、誰もが息を飲んで司会の人を見ている中、発せられたあの声。