魔王に甘いくちづけを【完】

「そうですの?何も―――?」


本当に?と訝しげな顔を向ける王妃に、精一杯に普段通りの表情を作って頷いて見せた。

私がむっすり怒っただけで、一国の王子様がイライラしたり落ち込んだりするなんて、とても考えられない。

もっと高尚なことで悩むはず。



「先程、ジークからも尋ねられましたけれど、私には何も思い当たることはありません」


「・・・そうですの・・・良かったこと。

実は、貴女と喧嘩でもしてて、もしかしたら御破談になりはしないかと、私とても心配しておりましたの。

そう考え始めましたらいてもたってもいられなくて、不躾だと思いましたけれど、早速ここに来てしまったのですわ。

そう・・・違うのなら結構です。

あぁ、ねぇ、ユリアさん。・・・それでしたら、折を見て、あの子を元気づけてやって下さいましな。

何事もないのなら出来るでしょう?

妻になるのですから、それは貴女の仕事ですわよ」



「はい・・・」


「ごめんなさいね。世話をかけますけれど、あの子のこと頼みましたわ」



ほぅ・・・と安堵のため息をつき、王妃はいつもの柔らかな表情に戻り、さてと、と呟き用事は済んだとばかりにすくっと立ち上がった。

しずしずとドアに進みかけた脚を急にぴたと止めると、レースの扇子をひらりと開いて、そうですわ、と呟いた。

何か、思い出したよう。




「それともう一つ、お伝えすることがありましたわ。コレが一番大切なことでしたわ。忘れるなんて、私ったら、駄目ですわね」



少し頬を染め、口元を開いた扇子で隠しておほほほと笑った。

王妃様にかかると、笑ってごまかすという仕草もとても可愛らしく上品に見える。



「明日から、ここに講師が参りますの。

この国のことと、礼儀作法と、ダンスですわ。

見たところ、貴方は礼儀作法はしっかりしてらっしゃるから、国の勉強を主にしていきましょう。

ダンスも出来そうですけれど、国によって少しずつ違うでしょうから、一応しっかりとレッスンを受けていただくよう手配いたしましたわ。

では、明日から、しっかりお勉強して下さいましね」


王妃はにこやかに微笑んでドアの近くに立って、てのひらに扇子を当てた。

優雅な仕草で作りだされたそのパシン、という音にすぐさま反応し、ドアがすーと開かれていく。

それを、しずしずと通り抜けて「御機嫌よう」と言葉を残し去っていった。


とうとう、明日からお妃教育が始まる・・・・。