魔王に甘いくちづけを【完】

「お待ち下さい!皆さんまだ始まっておりません!―――只今、350です。ここから始めます!」

慌てた司会が合図をすると、金槌の音が会場に響き渡った。


「600!!」


例の好色そうな男が手を上げて早速叫び、太った丸い顔を自慢げに揺らして周りのテーブルを眺めた。

その値段に周りの客達がどよめき、手を上げようとしていた幾つかのテーブルの人たちが諦めたように項垂れた。


司会の男が俯きがちな娘の顎に手を当てて無理矢理正面を向かせている。

蒼白な頬に男の長い指が食い込んでいた。


「650!」


そう叫んだのは、グラスを割ったレディのテーブル。

レディが扇の隙間から例の男を見てみると、苦虫をかみつぶしたように口を歪ませこっちを見ていた。

悔しげにふるふると口髭を震わせ、再び手を上げた。


「680!!」


「只今680です。どうですか?他に御座いませんか?このような娘は滅多に出ません。おまけに生娘で御座います」


「700!!」


別のテーブルから手を上げるだけでなく、立ち上がってまで声が上げられた。

緊張しているのか、声が裏返っていた。



「おいおい・・・一体何処まで値が上がるんだ?」


手があげられ、金額が叫ばれるたびに客たちからどよめきが起こる。

どんどん吊り上っていく値段に参戦できない客たちは、最終的な価格はいくらになるのだろうかと、そちらに興味が移り、最早観客になって成り行きを見ていた。


「700!700が出ました他は御座いませんか?」


「800!!」


ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がって、好色男が叫んだ。

汗をかき、仮面越しに見える瞳は血走っている。

もうこれ以上は出せない金額を捻りだしていた。

ここまできたら、なんとしても娘を落札しないと気が済まない。

そのおかげか、会場中が静まり返り、もうこれで決まりだろうと誰もがそう思い、司会の男に注目していた。

司会の男が嬉々として叫んだ。


「800!!800が出ました!もう他に御座いませんか―――!?」


舞台の上から会場の中を見渡す司会の目が輝いた。

どのテーブルの者も、首を振っている。


「では――」


司会の声が終了の言葉を言おうとしたその時、静かな、それでいてはっきりと響く声が、会場の隅から聞こえてきた。



「1000」