魔王に甘いくちづけを【完】

「貴族・・・私が?」

「自分でも思い当たることがあるんじゃないか?」



―――そういえば、時々見る夢。

あれが私の記憶なのだとしたら。


“――姫様――”


侍女姿の人や騎士姿の人がそう呼びかけてくるあの夢。

まさかとは思っていたけれど―――


「そうだ、さっきもだ。お前は俺がソファに下ろした後ドレスの裾を直してきちんと座りなおしただろう。あれは、ドレスを着なれてる者の取る行動だ」



・・・私、そんなことをしたっけ・・・。

バルの金の瞳を見ていて自分が何をしたのか全く覚えていない。

でも裾を直すくらい誰でもしそうだけど・・・?



「うむ、やはり無意識か・・・いいか、記憶を失っていたとしても、幼いころから身に着けた作法や礼儀は体が覚えてて自然と出るもんだ。ここにいれば、記憶を失う前の生活に似たものになるだろう。まして、教育を受ければそれがきっかけになり何かを思い出す手助けになるかもしれん。俺はお前に、生まれた国と本当の名前を思い出して欲しいんだ」



分かるか、と言うように真剣な面持ちで見つめるバル。

それに対し、戸惑いを隠せない。

例え偽りとはいえ、候補になるということは、ラヴルを裏切っていることになる。

それに、この国の人を騙すことになってしまう。

そんなこと、出来ない。



「でも、私は・・・」

「待った、気になるのはラヴル・ヴェスタのことか?大丈夫だ。いいか、決して悪いようにはしない。俺を、信じてくれ」


最後に、リリィの許可もあるんだぞ、と付け加えた。


言いかけた拒否の言葉を遮るよう強く言葉を乗せるバルは、どうにも拒絶の言葉を受け付けてくれそうになく、ユリアは納得いかないまま妃候補のふりをすることになった。