魔王に甘いくちづけを【完】

「ねぇユリアさん、聞いてっ。先生が厳しくて厳しくて、もう大変なのぉ・・・」


と、夕食後部屋に来て開口一番に話し始め、つい今しがたまでいろんな話を聞いていたのだ。

兎に角今日一日は、目覚めてから驚くことばかりに遭遇して、まだ思考が追い付いていない。

あの青年の国だとばかりに思い込んでいたらバルがいて、ここはラッツィオの城だって分かって。

何故かリリィが侍女見習いになってて。

お医者様のジークは当然ながらも、ザキも一緒に来ていて、バルに何かを命じられていてよく城の外に出て行くそうで。

リリィが“何の仕事をしてるの?”と聞いても何も教えてくれないと頬を膨らませていた。

リリィには弱いザキが内緒にするなんて、余程重要な仕事を任されてるに違いない。


でも、一番の驚きは、王子様のお妃候補になってることだ。

束の間の嘘とはいえ、そう言われることに抵抗を感じてしまう。

ここにいる理由なんて、リリィと同じく侍女見習いでも、下働きでも構わないのに。


むしろその方が気が楽なのに。

だから、あのあと丁重にお断りしようとしたけれど。

そうしたら――――・・・





「言っただろう?妃候補は、ここにいるための口実だと。ここに連れて来たのは、お前を守るためなんだ。言っておくが、あの青年は人形だぞ。アレは大したことはなかったが、それを操ってる奴が只者じゃないんだ。お前、セラヴィと言う名に覚えはないか?」



・・・セラヴィ・・・


心の中で名を呟いてみると、突然、心臓がドクンと脈打った。



“覚えていないか”



あの青年の言っていた言葉。

やっぱりどこかで会ってるのかもしれない・・・。

でも。いくら思い出そうとしても、もやもやとした霧の中を彷徨うようで、一向にすっきりとしない。



「・・・分からないわ・・・」


額を抑えて頭をふりながらそう言うと、座っていいか、と断りユリアの隣に座って肩にそっと手を置いた。



「そうか・・・覚えていればと思ったが。すまんな、無理して思い出さなくていい。・・・ひとつ、俺に考えがあるんだが、聞いてくれるか?・・・これの件に関係していることだ」


「なに?」


「お前、自分の本当の名前を思い出したいと、そう思わないか?」



真剣さを孕んだ声・・・バルの瞳をじっと見つめる。


・・・それは、記憶を取り戻すということ。

どこで生まれて、どんな生活をしていたのか、私は何者なのか。

ここにいれば、それを思い出せるとでも言うの?

今まで何度か思いだそうとしたけれど、無理だったのに。



「それは、知りたいと思うわ。でも、どうして急にそんなことを言うの?」

「俺は、お前のことをずっと見ていて気付いたことがある。普段のちょっとした仕草や振る舞いに、上流の者特有の『品』を感じることがあるんだ。俺は、お前は街娘ではなくて貴族、いやもしかしたらそれ以上の身分なのではないかと考えている」