魔王に甘いくちづけを【完】

会場の方では舞台からスクリーンが片付けられて、客たちが期待を込めた目で舞台の上を見つめていた。

先程の恐ろしい狼の遠吠えなど、とうに心の中から消えてしまっている。



「来てよかったわ。あんな綺麗な人間の娘だもの。きっと美味しいに違いないわ・・・・ねぇ、あなた?絶対に手に入れて下さいな」


レディが横に座ってる紳士の肩に手を置いて、甘えるようにねだっている。


「さっき、帰ろうとしてたのは一体何処の誰だ・・・?」

「だって、あんなに恐ろしい獣の声・・・今思い出しても総身が震えるわ」


「確かにいい娘だな―――だが、あそこにいるあの好色そうな男、あいつが値を釣りあげたら、いくら俺でも太刀打ちできんかもしれんぞ?」


「まぁ、あんな下種な男―――あなた、絶対に勝って下さいな」



レディは、顔を紅潮させてニヤニヤ笑っている男をジロリと睨んだ。

あんな男には絶対負けたくない。

レディの黒い瞳がすぅっと一瞬赤く染まった。

すると、好色そうな男の持っていたグラスがパンッと割れ、中身が全部男にかかってしまった。



「誰だ!?・・・まさか、こんなとこにあいつらがいるのか?」


驚きのあまり目を見開いてキョロキョロしている。

周りに居た人達があわててウェイターを呼んでいた。

好色そうな男の顔が恐怖に歪んでいる。



「ふん、いい気味だわ―――」


「お前か―――?ほどほどにしろよ?」


「だってあんな男・・・私、嫌いだわ」


レディは扇で顔を隠し、紳士の肩に頬を埋めた。






カーテンから会場の様子を見ていた黒服が、近くにいた男に指示を出した。


「おい、そろそろ支度をさせろ。あまり客を待たせると不味い」


「分かりました。おい、立て!」



「―――っ!嫌!」


縛られている手をグイッと引っ張られ、ヨロヨロとしながら立ち上がった。

抗おうにも怖くて足が震えてしまい、力がまるで入らない。

男に無理矢理引き摺られる様にして歩かされた。




さっきからずっと見てたあの青いカーテンの向こう・・・会場にはどんな人たちがいるの―――?

こんな得体の知れないところ・・・。

ここは私の知る世界なの?それとも、全く知らない世界に迷い込んだの?

狼男のいる世界。怖い・・・この人たちも、あの人たちも人間なのか分からない・・・。