魔王に甘いくちづけを【完】

手を伸ばし助けを請う。

不思議と恐怖は感じていないけど、これ以上知らない場所に行くのは嫌。

何よりも、大好きなリリィを残して行けない。


「お願い、バル・・・」


「む・・・貴女は動かず黙っていろ」



自分に向けられた言葉に反応し、上を見上げると漆黒の瞳と視線が合った。

それが赤く光り、途端にふわふわとした感覚に陥る。



・・・待って、嫌・・・気を失いたくない・・・。



抵抗も空しく、目の前の赤い瞳がぐるぐると周り、頭がくらくらして何も考えられなくなり、やがて、ふぅ・・・と闇に陥った。


伸びていた細い腕がぐったりと下がり、頭がカクンと、力なく垂れた。



「悪いな・・・暫くそのままでいろ」



優しい瞳がユリアの顔を見つめる。



「お前は何者だ!?」

「知る必要はない。・・・だが、この姿、貴様は知っていると思ったが、考え違いか―――」

「何――――?」



青年の顔を改めてじっくりと見たバルの表情が、見る間に強張っていく。


それは一度だけ遠くから見た姿。

戴冠の儀に招かれた時に見ただけ。



「お前は、まさか・・・セラヴィ王、なのか―――――何故、ここに入れるんだ・・・」



呆然と呟くバルの様子を見ていた包囲網の一人が、奇声を上げつつ横から飛び出した。

ユリアの体を上手に避け、脚に鋭い爪を当てて思い切り引き裂いた。

セラヴィの衣服が破れ、皮膚に何本もの線が走り、ぱっくりと裂けた。

だが、血は一滴も出てこず、セラヴィも全く痛みを感じていない。

そのまま何事もなかったようにスタスタと歩き続ける。



「やはり・・・そうか、そういうことか。どういう仕組みかは分からんが、お前は、偽物だな」

「ふむ・・・だと、したら?」

「彼女は助けを求めた。この俺に。セラヴィ王ではないなら、遠慮は、せん」



バルの姿が変わっていく。

鋭い光を放つ金色の瞳、ふわりと逆立つ金色の髪、鋭く尖った爪。

体の周りの空気がゆらゆらと揺れ、高まる気に煽られ、周りの草が千切れて宙に舞う。

鳥がバタバタと飛び立ち、森の木がざわめき始めた。



「彼女を渡して貰おう」


「ふむ―――貴様も、か」



シュン――――と風を切る音がし、バルの体が瞬時にセラヴィの背後にまわり、広い背中を鋭い爪が二度引き裂いた。金色の爪がギラリと光る。




「む・・・これで終わるとは思うな・・・」


不敵な笑いを含んだ声を最後に、セラヴィの瞳から光りが消えていく。



――――・・・パシッ――――


小さな破裂音がしたあと、セラヴィを形作っていた塵が粉々に割れ、ぼろぼろと崩れていく。

中心にあった草花が千切れてひらひらと舞い落ちた。

支えが無くなり、落ちていくユリアの体をバルの逞しい腕がしっかりと受け止め、安堵の息を漏らした。



―――もう少しで連れ去られるところだったな・・・。

森の向こうに、セラヴィ王がいるのだろう―――





「・・・ジーク、急ぐぞ」


「はい、バル様」