魔王に甘いくちづけを【完】

耳慣れない声に振り返ると、そこには青年が立っていた。

肩まである波打つ癖のある髪。

夜の闇を映したように黒く、同色の瞳はキラキラと輝いている。

逞しい体躯に乗せられた顔は小さめで、各パーツがバランス良く配置され、整った顔を作っている。

すぅと通った鼻梁、意志の強そうな瞳、薄い唇。

ラヴルと同じく、間違いなく美形の部類に入る。


優しく微笑みながら立つその青年の体がすーと沈み込み、ユリアと目線を合わせた。

不思議と、警戒心が湧いてこない。



「あの―――誰、ですか・・・」

「・・・覚えていないか?」


「・・・会ったこと、あるんでしょうか。ごめんなさい、私、記憶がなくて」


「っ!?記憶が、ないのか・・・・・・それに、これは何だ。・・・体をどうした?」

「・・・はい?」



何のことを言ってるのか分からず、青年の顔をまじまじと見つめる。

微笑みが沈み、眉根を寄せ口を引き結び、とても辛そうな顔になっている。


青年の大きな手が優しく頬に触れ、サラサラの髪をそっと指で掬った。

青年の瞳を見ていると、まるで魔法にかけられたように動くことが出来ず、されるがままになってしまう。

切なそうな瞳に引き込まれてしまう。



―――貴方はどうしてそんな顔をしているの?

貴方は、私が誰だか知ってるの―――?


聞きたくても、喉が詰まったようで、言葉となって出てこない。



「そうか・・・あのときのせいか・・・」


「・・・え?今、何て―――――っ・・・あの、放して下さい」



脚に腕が差し入れられ、背中をがっしりと支えられ、ぐいっと上に引き上げられた。

ユリアの瞳に空と優しい微笑みが映る。



「・・・我が元に、来い」



囁くような声と優しい物腰に抵抗する気を奪われてしまう。

感情の波の中に沈み込んでいくそれを、懸命に引っ張り上げ拒絶の気を言葉に乗せる。



「はい?あの・・・何処に行くんですか、待って下さい。困ります」



「―――黙れ」


ユリアの体で足元が見えないはずなのに、青年は軽々と足を運び、すいすいとでこぼこの獣道を進んでいく。


このままだと、思うがままに連れていかれてしまう。


なんとか、しないと―――



ユリアは出来る限り手脚を動かし暴れてみた。

体に絡まっている青年の腕を引き剥がそうと押したり引いたり、胸を叩いたり、いろいろしてみた。

けれど、当然ビクともしない。



「無駄だ」