魔王に甘いくちづけを【完】

ユリアが苦笑しつつ苦い薬湯を飲み干し、足の痛みが薄らいでホッとしてる頃。

その時、森の外には一人の男が立っていた。

焼けた荒野と化した地に立ち、後ろにはうつろな瞳をした娘を一人連れている。

男が前方にすーと手を伸ばし森の方向を指し示すと、娘がふらふらとした足取りでそちらに向かって歩き出した。

さくさくと草を踏み、森の中に生えている丈の長い草花を数本むしり取り、またふらふらと歩いて森から出て戻ってきた。


無表情のまま男に草花を差し出す。

男はにやりと唇を歪め、受け取ったその手でそのまま抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。

娘の体がぴくんと痙攣し、白い手が男の背中を掴む。

暫くの後、男は埋めていた顔を上げ、首筋を指でなぞり体を離した。


腕を頭上に上げ、指をパチンと鳴らすと、男の姿があとかたもなくパッと消えた。

その一瞬後、娘はハッとしたように瞳を見開き、キョロキョロと周りを見回した。



「・・・え、私、何でこんなとこにいるの??確か、仕事してたはずなのに・・・」



そうだ、さっきまで店でお茶を出してたはずなのに。

美形の凛々しい男の人に手招きされて、ドキドキしながら「ご注文は?」と聞いたことまでは覚えている。

それから、どうしたっけ――――?


怪訝な表情で首を傾げ、暫く佇む娘。

どんなに考えても何も思い出せない。



「んもう、いいわ。分かんないもの。不気味だけどしょうがないじゃない。ていうか、早く帰らなくちゃ!マスターに叱られるわ」


誰に向けるというわけでもない悪態をつきながら、若い娘は足早に去っていった。

再びパチンと指を鳴らす音がし、男の体が何もない空間に現れる。


「ふむ、御苦労だった」


歩き去っていく娘の背中に小声で言うと、男は手の中の草花に、ふー・・と息を吹きかけ、それを前方に投げた。

すると、周りの塵を集め草花がむくむくと肉を付けていき、どんどん形が変わっていく。

花の部分が頭部に、葉が腕に、草が手脚に、変わっていく。

やがてそれは小さな人型となって地面に横たわった。


「―――起きろ」


それがぶるぶると震え、ぴょこんと立ち上がり、するすると大きくなっていく。

逞しい体躯を作り顔が出来あがり髪が生え服を身に纏い、元が草花とは思えないほどに男の容姿と寸分違わぬ者となり、無表情で前に立った。


男は人型の額部分に指を当てた。

先端が光り、気のようなものが人型の中に流れ込んでいく。

人型に束の間の魂が宿り、次第に表情が現われ、ニコリと笑い頭を下げた。



「ご主人様、何なりとご命令を」

「森の中へ行け。あとは私がやる」

「――――承知」



人型は頭を下げたあと、森の中にサクサク入っていった。



「ふむ・・・ここまでは成功、だな・・・」



見送る漆黒の瞳は不敵に輝いていた。