魔王に甘いくちづけを【完】

それが、こんな風に歩けるようになるなんて。

こんな風に綺麗な景色を見られるなんて。

こうしてもう一度健康な体を取り戻せたことに、感謝の念が湧きあがる。

すべての人に“ありがとう”って叫んでハグしたくなる。

木漏れ日の中を、リリィに手を引かれながらゆっくりと歩いて行く。

心地いい甘い風が通り抜けていく。

ざわざわと風に揺れる枝。

所々に咲いている小さな花。

見るもの触れるものすべてが愛しい。

足を前に出すたびに土と草を踏みしめる音がする。

少し柔らかい感触が足に当たる。


歩いてるって実感する。


私、生きてるんだなって、実感する―――



「ユリアさん、平気?疲れてない?ここ、段差があるから気をつけて」



道の所々に岩が埋まっていて、段差を作っている。

長年の行き来で自然に形作られた獣道。

何も手を加えられてないため、自然のままだからとても歩きづらい。

リリィに支えられながら段差をゆっくり下りる。

途中の岩場や水場で休憩しながら進んでいると、後ろからハスキーな声が聞こえてきた。



「なんだよ、お前ら。まだこんなとこにいるのか。もう、とっくに着いてると思ってたぜ」



振り返ると、手に大きな包みを下げてザキが立っていた。

少し髪が乱れているのは、急いできたからに違いない。


「・・・リリィ、それをかせ」


ザキはリリィが持ってる籠を目に止め、手を差し出した。

籠にはユリアの薬と少しばかりのおやつと飲み物が入っている。


「重いだろ。俺が持つ」


リリィが籠を渡すと「さ、早く行かねぇと昼になっちまうぜ」と急かしてきた。その言葉に戸惑うユリア。



―――昼になるって・・・冗談でしょ?

そんなに遠いの?

私、そこまで行けるのかしら―――


少し痛くなってきた脚に視線を落とす。



「リリィ、草原はまだ遠いの?」

「ううん、あと少し。ユリアさん、疲れたの?大丈夫よ、いざとなったらザキに背負ってもらえばいいもの。ね?ザキ」



にっこりと笑って提案するリリィを見つめるザキの顔が、どんどん変わっていく。

日頃から不機嫌そうにしているのに、さらに輪をかけてむっすりとした表情になっていく。

無言で抵抗するザキに、リリィが追い打ちをかける。



「ね、ザキ、いいでしょ?」

「―――っ・・・・・・仕方ねぇな・・・」


ため息をつき渋々返事をするザキ。



・・・そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。

リリィ以外には触れたくないって顔してる。


でも、とても分かりやすくて、何だか可愛くて、つい笑ってしまった。


ザキは、ホントにリリィが好きなのね。