魔王に甘いくちづけを【完】

「あぁ、まぁ、仕方ないなぁ。リハビリにもなるし・・・」


昨夜から何度も繰り返しているこの言葉で、もやもやとした気持ちをなんとか納得させ、頭をガシガシと掻きながらぎこちなく笑った。

バルの責めるような厳しい瞳がふと思い浮かび、思考から追い出そうと、あわてて頭をふる。

が、一度思い浮かんだものは、そうそう退散してくれない。


“無責任だ”と声が聞こえてくるよう。


―――もし、バル様がこの場に居られたら、俺は叱られるかもしれんな・・・。


苦笑しつつ二人の笑顔を見送る。


―――おっと、そうだ。治ったことを報告せにゃ―――



「じゃあ、リリィ頼んだぞ。ザキが仕事を片付けたら、弁当持たせて向かわせるから。くれぐれも、無理するなよ。場所は―――――っと、確か、瑠璃の泉の傍の、草原だったな?」


「うん、そう。あの綺麗なところ。じゃ、ジークさん、行ってくるわ。・・・あっ!ザキ、後で来てね!」


手に袋を下げてどこかに向かうザキを見つけ、リリィは思い切り手を振った。

ザキは振り返り「あぁ、待ってろ」と、めんどくさげに手を上げてそれに答えた。そのままだるそうに裏手の方へ歩いて行く。



「じゃ、行こ。ユリアさん」


ユリアはリリィの手に掴まり、ゆっくりと歩き出した。


「おい!まだ無理するんじゃないぞ。治ったといっても、完全じゃないんだ。走ったりすると痛むかもしれん。いいな」



後から追いかけるようにジークの声がいつまでも聞こえてくる。

ユリアが立ち止まって振り返ると、ジークが不安そうに顔を歪めていた。

返事の代わりに“心配しないで”の想いを込めて笑顔で手を振った。




――――いつも窓から眺めていた景色。

変わりなくある沢山の木々。

この先に何があるのか、どんな景色が広がっているのか、いつもいつも気になっていた。

毎日リリィが話してくれる森の中の風景は美しくて、言葉の端端から色彩の豊かさを想像することができた。

同じ景色を見てみたいと思った。

歩きたいと思った。

だから、一生懸命たくさん食べて、歩く練習も頑張った。



「治ったら、ピクニックに行こ」


リリィのこの言葉を励みにして。




ジークの家で目覚めた当初は、痛くて息をするのも苦しかった。

動かすと痛みが走る手脚に、何度も涙が滲んだ。

苦しくて辛くて、いっそのこと、あのまま天に召されていれば楽だったのにとも思った。

もう二度とベッドから起き上がれないかも、と思ったこともある。