魔王に甘いくちづけを【完】

それから時は流れ、閃光の日から幾度も平穏な夜と朝を迎え、皆の記憶と恐怖心が薄れた爽やかな朝のこと。

ジークの家から離れた赤い屋根の小さな可愛い家。

薬草とハーブの植えられた庭。

朝の澄んだ空気の中、そこからフレアの鼻歌が聞こえてくる。

綺麗な手が籠の中から布を取り出しては物干しにかけ、顔に比べて大きめの耳がぴくぴくと動き、唇は緩やかに弧を描いている。

何だかとても嬉しそうだ。

その表情を作った元

ジークの家の方から、二人の女の子の楽しげな話し声が耳に届いてくる。

それは聞いているだけで心がほんわかとして、気分が楽しくなるものだ。



「ふふふ・・随分頑張ったものね。良かったわ、ホント。一時はホントに心配したもの」



薬を届けるたびに目にした痛々しい姿。

早く治るようにって祈らずにはいられなかった。

こんなに楽しげな声が聞こえるまでになるなんて、嬉しくなってしまう。

可愛い二人の声の合間に、野太い声がたまに加わる。

ジークの声だ。



「・・・・あら、ジークったらもう、心配し過ぎだわ。・・・でも、まるでお父さんみたいね。一体どんな顔をしてるのかしら」



フレアは心配げに眉を寄せる顔を想像して噴き出し、声を立ててひとしきり笑った。



「今日はお天気もいいもの。二人とも、楽しんでくるといいわ」



フレアは空になった籠を抱え、ジークの家の方を見た。

今日も瑠璃の森は穏やかだ――――








「ね、ユリアさん。ちょっと遠いけど、頑張ろうねっ」

「そうね。休みながらゆっくり行けばいいわよね?とても楽しみだわ」

「おいおい、二人とも・・・俺は、本当は不本意なんだぞ?」

「だーいじょうぶ!」



リリィが胸を叩いて、任して!とばかりにウィンクをする。


「リリィ、何処からその自信が来るんだ」


ジークはうんざりした声を出し、半ば呆れつつリリィを見た。

リリィは自信たっぷりに胸を張っている。

バルの代わりにユリアの世話を全部してきて、何処が痛くて、どう対処すればいいのか、知りつくしていた。

ユリアの怪我も随分治り体力もつき、懸命な練習の賜物で、支えが必要ながらも長い距離を歩けるようになっている。

頑張ったご褒美に外に行こうと言いだし、昨夜何度かの粘り強い交渉の末ジークの許可を勝ち取り、早速それを実行しようとしていた。



ここに来て初めてと言っていいほどの、とびきりの笑顔を見せるユリア。

嬉しそうに屈託なく笑うリリィ。

ジークは眉間のしわを伸ばし肩の力を抜いた。