魔王に甘いくちづけを【完】

「・・・分からん」


二人は窓の外を凝視している。

その只ならぬ雰囲気に息を飲み、ユリアはリリィとのお喋りを中断して顔を見合わせた。

リリィはぴったりとベッドに体を寄せユリアの手を握った。

その表情は不安そうだ。

ユリアはリリィの細い肩に手を乗せてぽんぽんと優しく叩いた。



「何があったの?・・・ね、ザキ・・どうしたの?」



震えながらリリィが声を出した。

リリィも異様な気配を感じ取ってはいた。

森の感じがいつもと違っていた。

いつも清々しい落ち着いた空気に満ちた森。

その空気が鋭く尖り、ある一点に向かっているようだった。



「ジークさん、ザキ・・何か・・・来るの・・・?」

「分からん。だけどリリィ、俺たちがいる。絶対守ってやるから、心配すんじゃねぇ。それに言っただろ?瑠璃の森は、外からの魔力を撥ねつけるって。だから大丈夫だ」



リリィの小さな肩に大きな手を載せ、ザキは優しい瞳を向けた。


「うん、ザキ、ありがとう・・・」



リリィが恐怖心を押し殺しぎこちなく笑ったその時。




―――どおぉぉぉぉん―――・・・・



轟音が鳴り響き目映いばかりの光りが空を覆い、森中を明るく照らした。

それは家の中まで容赦なく入り込んできた。

う・・・とうめき声をあげつつ、ザキはリリィに覆いかぶさり、リリィは体を固くしユリアの手を強く握り締め、ユリアは目を瞑って光りから顔をそむけた。



ビリビリビリ・・・・



空が振動しているように感じる。

今までの経験の中からその感覚に似たものを探し出し、リリィは口にしてみた。

本能的に、少しでも恐怖から逃れようとしていたのだ。



「・・あ、かみなり・・・?」


「・・・まぁ、似たようなもんだな。・・・おい、ザキ、行くぞ」



ジークが眩んだ目を擦りながら何度か瞬かせた。



「あ、あぁ・・・リリィはここにいろ」



呆けた様子のザキが一拍置いて返事をし、ドアに向かった。

家の中からは使用人たちがバタバタと走りまわる音が聞こえてくる。

やがて皆が外に出たのか、庭の方が騒がしくなった。

ジークが皆に指示を出している声が聞こえてくる。

暫く聞こえていたざわざわとした話し声がなくなり、辺りは静寂に包まれた。

どうやら見廻りに出かけたよう。




その後、いつもと変わらない穏やかな夜が訪れていたが、念のため、ということでジークは使用人たちに交替で見廻りをさせた。

リリィがここに来た時、最初に言ってた言葉を思い出したからだ。



“逃げなくちゃ”



その日は、松明の灯りが夜通し消えることはなかった。