魔王に甘いくちづけを【完】

「何故だ」


『――貴方の力は強大。破壊に満ちた力。入れれば乱れ元に戻らない――』


「私は何もしない。約束しよう」



『――否。立ち去れ――』



「・・・頑なだな。――――――では、押し通らせていただこう」



『――・・・――』




ラヴルの瞳が真紅に染まり、昂る気に煽られ髪がふわふわと揺れる。

硬い膜に当てられた掌から高熱が生み出され、徐々に溶かしていく。

光りを放つ手の周りが、波紋のような模様を描きうねうねと動いた。




「・・・・チッ・・・・」




『――無駄だ――』



ラヴルは忌々しげに手を離し、目の前の空間を見据えた。

何事もなかったように、硬質の膜がぎらっと光る。




『――強大な力。貴方で2人目。決して入れない。去れ――』


「2人目―――?・・・・チッ・・・」



脳裏にセラヴィの姿がちらつく。



―――まさか、セラヴィか?それともケルヴェスか。

・・・先を越されるとはな。

もう、待てん。手荒な手段だが、仕方ないだろう。

受け入れぬ貴様が悪い―――




ラヴルは掌の中に気を溜めこみ、光る球となったそれを森に向かって放った。

衝撃波が膜を襲い、大きな爆発音とともにびりびりびりと音を立てて振動する。

ほどなく目映いほどの光が収まり、しんと静まり返った。

本来なら、辺り一面を吹き飛ばすほどの威力を持ったそれ。

いくら強固と言えど、少しは傷をつけることが出来るはず。

だが、予想に反し眼前の膜は傷一つなくそこにあり、ぎらりと不敵に光っ
た。


そこにあるのは、変わらぬ静寂な森。




『――去るがいい――』





真紅の瞳が瑠璃の森を睨みつける。


―――自然の力には敵わんということか―――



「・・・ユリア・・・」



瞑目し、森の中に意識を集中させる。



―――この森の、何処にいる―――



求める姿を探すも、暗闇に遮られ覗き見ることも出来ない。



「あくまでも、私の邪魔をするのか」



巨大な森を眺めまわし、唇を引き結び、ラヴルはさっと踵を返した。




「・・・・ツバキ、ルミナに戻る」


「あ―――はいっ・・・」



ツバキはごくりと喉を鳴らした。

ヴィーラに乗り込んだラヴルの背中が、怒りに満ちているのが見てとれる。

ツバキは瑠璃の森を振り返り見た。


―――ラヴル様を退けるなんて―――


何事もなかったように広がる森は、ツバキには不気味に映った。