魔王に甘いくちづけを【完】

“漆黒の翼”がラッツィオの空を飛ぶ。

満天の星空の中真っ直ぐに帰らずにある場所へと向かう。

目指すはこんもりと広がる緑の木々の塊。

月明かりを浴びて、黒々と生い茂った葉がつやつやと輝いて見える。


上空に留まり眼下の森を見下ろす。



「あれが、瑠璃の森、か」


「ラヴル様、ここにユリアがいるんですね?見たところ普通の森と変わりないようですが」


「うむ、そうだな・・・・」


「このまま帰るんですか?」


「・・・・・」



“瑠璃の意思が貴方様方を拒否する”



「・・・ヴィーラ」



ラヴルが背中を一度叩くと、翼竜は羽ばたきを止め旋回をしながら、ゆっくりと下降を始めた。

暫く彷徨うように旋回した後、森の傍らの開けた場所を見つけ、そこにふわりと体を沈めた。



「・・・ツバキはここで待て」



ラヴルは無数に立つ木々の間に一つの獣道を見つけ、その入口に立った。

途端、森との間に深く大きな溝が生まれ、スーと広がっていき、森がどんどん遠くに離れていく。

深く底の見えない大きな溝が、ラヴルの足元に広がる。



「・・・幻覚か。私をなめるな―――」



頭を振り幻覚を払いのけ、前方に手を伸ばしていく。

すると、ピン、と張りつめたガラスのような硬質の膜に指先が当たった。

大きく弾かれ指先がジンジンと痛む。



「森よ、私を受け入れろ。ユリアを迎えに行くだけだ」


ラヴルの想いとは逆に、森の木々がさわさわと揺れて移動し、獣道を閉ざしていく。

目の前にあった獣道が跡形もなくなり、太い幹が現れラヴルの視界を阻んだ。




『――去れ――』




ラヴルの頭の中に直接響くような音。

それは女性の声の形を取り、意識の中に柔らかく侵入してきた。




「貴様が森の意思か。私を誰だと思っている」



『――知っている。吸血族ラヴル・ヴェスタ・ロヴェルト。貴方を、入れることは出来ない――』