魔王に甘いくちづけを【完】

ラッツィオの中心部、王都。

深く掘られた濠と高く長い壁に囲まれた、美しい城。

白亜の壁に碧い屋根。よく整備された綺麗な庭。

規律正しい衛兵が剣をかざし敬礼する中を、一台の馬車がゆるゆると進んでいく。

玄関前に停まったそれに、いそいそと執事が近寄りドアを開けると、長い脚がコツンと音を立てて降り立った。



「お帰りなさいませ。王がお待ちで御座います」

「うむ、御苦労様。今、参る」


バルは一旦自室に戻り、身なりを軽く整えた後、王の待つ謁見の間に急いだ。

衛兵にドアを開けて貰い、前に進み出て跪いて恭しく頭を下げる。


「父上、只今戻りました」

「うむ、急に呼び戻し悪かったな。急ぐ様子から、何か、重要な用件らしいのだが・・・どうしても、そなたでないと、との仰せでな。どうお尋ねしても、私には何も話して貰えんのだ」



王が困ったように眉根を寄せる。

一国を統べる王に話せないこととは、極個人的な用件だということか。



「そなたは彼と旧知の仲だ。唯一気を許せるのだろう」

「・・・はい」

「さ、客人がお待ちかねだ。参るがいい」




―――“漆黒の翼”―――

艶のある漆黒の髪に黒曜石の瞳。

まるで闇を纏ったかのような容姿から放たれる静かなオーラは、他の者を圧倒し決して寄せ付けない。

誰にも隷属せぬと謂われる鬼を従える力を持ち、温度のない漆黒の瞳に見据えられれば震え上がらぬ者などいない。

翼竜ヴィーラを自在に操り夜空を飛ぶ姿から、この異名がついた。

病に苦しむセラヴィ王に代わり、次期魔王と目される男。

その男が、俺にしか話せないこと、とは――――



目の前の重厚なドアを見つめる。

この中に彼がいる。



ノックの後ドアを開けると、椅子に座りくつろいでいた男がゆっくり振り返った。

傍にはブラウンの髪の小柄な若い男が立っている。

この姿は以前見たことがある。

少し、青い炎が出てる気がするが、警戒してるのだろうか。




「―――お待たせ致した。ようこそお出で下さいました。・・・ラヴル・ヴェスタ殿」

「うむ・・・バルリーク・ウル・ラッツィオ、久し振りだな」

「・・・そのフルネームで呼ばれるのは、久し振りだ。貴方様しか呼ばないからな」



テーブルを挟み、向かいの椅子に座る。

鬼の炎がチラチラとバルの方に迫る。

バルは瞳を金に光らせラヴルの後方を見据えると、少し怯んだのか、出された炎が小さくなった。



「・・・ツバキ、落ち着け。炎を仕舞え」


「は、はいっ、ラヴル様。すみません」