魔王に甘いくちづけを【完】

その頃、ザキは森の中を歩いていた。

籠の中の草を捨てた後、ザキは本来の目的を果たすべく瑠璃の泉に向かっていた。

籠の中には小さな瓶が数本入っている。

バルと話す前から入っていたその瓶は、土に汚れていたのでさっきまで泉の水で丁寧に洗っていたのだ。


「何で、俺、草なんか取ってんだ」


余計な仕事をしてしまったことに腹を立て、未だ不機嫌そうにぶつぶつと呟いていた。



だるそうに歩きつつも目的地に着き、ダークブラウンの瞳に、どーんとそびえる大きな岩が映る。

何処にも突起のない滑らかな岩肌。

見た目滑りやすく、少しでも気を抜けば転がり落ちてしまいそうだ。

これを、ジークは毎度すいすいと登っていく。

籠を落とさないようしっかり抱え直し、意を決し大きく息を吸い込み、一息に駆け上がった。




「くそ・・・相変わらず登り難いところだぜ」


息を整えつつ前を向けば、木立に囲まれた深く碧い泉が日の光を受けてキラキラと輝くのが見える。

周りにあるのは瑠璃色の岩と緑の木立。何度来てもここは息をのむほどに美しい。



「リリィにも見せてやりてぇな」


この泉の深い蒼は、形作っているラピスラズリがそう見せているだけのもので、実際に水自体が碧いわけではない。

覗き込めば透明な水をとおし、ラピスラズリの岩肌がゆらゆらと揺れて見える。

ずっと見ていると意識を奪われ、吸い込まれそうな感覚に陥る。



「おっといけねぇ・・・早いとこ水取って帰らねぇと・・・」



ザキは首を振って岩の間から湧き出てる水に小瓶を当てた。

すべての小瓶を満杯にし、家に急ぎ帰り医療室にいるジークに渡す。



「あぁ、御苦労さん」


ジークは労いつつ受け取り、保存庫の中に丁寧に仕舞う。

そのうちの一本を残し、調合した薬を入れて溶かし始めた。

黒から茶色と徐々に小瓶の中身の色が薄くなっていき、やがて透明になり、ぽぅ、と一瞬光った。

くるくると手際良く動くその手から目をそらし、ザキは部屋の中を見廻した。


「・・・ジーク、バル様は?」

「バル様は帰られた。暫くはここには来られないそうだ」

「チッ・・・何だよ、逃げたのか」

「ザキ、何言ってるんだ。バル様は忙しい身なんだぞ。なのに、2週間以上もここに居られたんだ。これは奇跡に近いことだぞ」

「そりゃ、そうだけど――――てっきり治るまでいるって思い込んじまってたぜ。・・・・くそっ」

「・・・・?バル様に何か用だったのか?」


出来あがった薬瓶に日付を書き込み、保存庫に仕舞ったジークがザキを振り返り見る。

大事な用なら使いを出さなければいけない。


「―――なんでもねぇよ」


ザキはもごもごと声を出し、ふぃっと目をそらした。



「あの・・・バルは帰ったんですか?」

「あぁ、起きていたのか・・・。そうだな、お前の怪我が治る頃また来られるんじゃないか?・・・そう、だ。リリィとの約束もあるしなぁ」

「――――――約束?」


「そう、約束だ。バル様は必ず守られる」