魔王に甘いくちづけを【完】

黒服の男は焦っていた。

司会の声も届かないのか、客たちは落ち着きなく席を立っている。

このままではまずい・・・客が帰ってしまう。


「こうなったら仕方がない・・・おい、あれを持って来い」


黒服は別の男に指示を出し、言われた男は頷くと無言で部屋を出て行き、手にカメラのようなものを持って戻ってきた。


「嫌・・・何をするの!?」


腕を掴まれ、背中に回された手が再び布で縛られた。

男がニヤニヤしながら首に手を伸ばしてくる。


「大人しくしてろ」と言いながら首のベルトを取った。


「よし、準備は良いぞ―――さぁ、お前の美しい体を客に見せてやろうぜ?なぁ?」


男は獰猛な顔で言うと、娘にカメラを向けた。






「皆さま御静粛に――――御席にお戻りください」


舞台の上で司会の男が汗を拭きながら叫んでいる。

客たちの一部が、席を立ち、帰ろうと身支度を整えている。

そんな客席を、ウェイターたちがまわって飲み物を配っていた。

差し出される飲み物を好意的に受け取る者もいれば、手と首を横に振って断る者もいる。



「ご主人様、皆帰る様ですよ?私たちはどう致しますか?もしかして、このまま終わっちまうんじゃないですか」


「そうだな・・・。客が帰るのは好都合だが、終わってしまうのは頂けない」


主人と従者は帰ろうとする客たちを眺めながら、ウェイターが持ってきたシャンパンを飲んでいた。



「あんな恐ろしい声・・・聞いたことがありませんわ。こんなところにはもう一秒たりともいたくありません。そこをおどきなさい!」

「レディ、落ちついて下さい。もう狼はおりませんから」


「狼ですって!?あぁ――やっぱり・・・帰らせていただくわ」


ドアの前で一人の女性客と、黒服の男が言い争いを始めていた。



舞台の上ではそでから黒服の男が現れ、司会の男に何やら耳打ちをしている。

二人でこそこそと二言三言交わし、男は舞台のそでに下がっていった。



「お聞き下さい!皆さま、少し早いですが、本日の目玉商品をお見せ致します。ライヴ映像でご覧いただきますので、席にお戻りいただきますようお願い致します」



舞台にはいつの間にかスクリーンが現れ、紅色のドレスを着た黒髪の娘の姿が、そこにパッと映った。


娘の顔は俯いているため見えない。

だが、黒服たちの思惑通り、客たちのざわめきが感嘆交じりのどよめきに変わっていった。

帰ろうと揉めていたドア近くの女性も、そのどよめきに気付き、舞台上のスクリーンを凝視している。