魔王に甘いくちづけを【完】

「王から?何だ、言ってみろ」

「はい。“至急戻るように”との仰せです」

「っ、何かあったのか――――?」

「はい“漆黒の翼”がバル様を訪ねて来られました。今現在滞在中で御座います」


アリは無表情のまま言うと再び頭を下げた。


「・・・・分かった。すぐに帰る。支度してくる、少し待ってろ」


バルはアリを待たせ、ジークに数日の間瑠璃の森を離れることを伝えるべく家に入った。

軽く荷を纏め、家を出る間際に暫く留守にすることを伝えようと、ユリアの顔を見に医療室を訪れた。

青いドアを開けると静かな寝息が耳に届く。

ジークも中にいて、机に向かい書きものをしていた。その手を止め振り返り、纏められた手荷物に目を止め立ち上がる。



「寝てるのか・・・」

「はい、薬が良く効いております」

「・・・そうか」


優しいブラウンの瞳がベッドの中を見つめる。



―――ここで最初に見たときよりも随分良くなったな・・・。

あのときは色がなく、生きているのが不思議なくらい白かった。それが今は血色のいいピンク色になっている。

この調子なら、時期に体力が戻り動けるようになるだろう。



小さな顔に程良く配置された整った顔立ち。

10人に問えば10人が美しいと評する。

長い睫毛、薄紅色の唇、サラサラのストレートの髪。


目に焼き付けるように順番にゆっくりと瞳を動かした。


今度来るときは、きっとこの怪我は治っているだろう。

一度帰ると、簡単にここには戻って来れないことは分かっていた。



出来れば完治するまで居たかったが、そうもいかんな。

全く、不便極まりない身の上だ―――



「バル様、お帰りになるんですね?」

「あぁ、戻れ、との仰せがあってな」

「―――そうですか。ご心配なく、後のことはお任せ下さい。ザキもいますから」

「ザキか・・・」



バルは思わず唸り、眉根を寄せた。

・・・早まったことをしでかさなければいいが・・・。

少しの不安が頭を掠める。



「ジーク、何かあれば使いをよこせ。何を置いても速やかに対処する。分かったな。・・・・それから、ザキを見張ってろ。何をしでかすか分からん」


「はい、バル様。承知しました」



バルはジークに見送られ、アリと一緒に瑠璃の森から出た。

広場に止まる馬車に乗り込む。

瑠璃の森は、ロゥヴェルの国境と王都との中間ほどの距離に位置している。

国土の広さ的に言えば小さな国ラッツィオ。

目指す王都は国の中ほどに位置し、馬車であればものの半日あれば着いてしまう。

流れる車窓の景色を見ながら呟く。


「・・・久しぶりに帰るな」



まさか俺が呼ばれるとは・・・な。