魔王に甘いくちづけを【完】

何かを思い出しているのか、草を引っこ抜く手を時々止め、言葉を途中で切りながらザキは続けた。


「こんな遠いとこまで来ちまって不安でたまんねぇだろうに・・・。初日に泣いた、あれっきりで。あとずっと泣いてないんすよ。もしかしたら、陰で泣いてっかもしれねぇけど、少なくとも、みんなの前では泣いてないんす。・・・主人を気遣って、泣きごと一つ言わねぇで。いろんなことに一生懸命で、いつも笑ってて――――だから・・・俺、ほっとけないんすよ。それだけっすよ・・・」

「そうか、そうだな。リリィは頑張ってるからな。ザキは優しいんだな」

「そんなことねぇ。俺は―――」


足もとの草がすべて無くなり、ザキの手がぴたと止まった。



「俺なんかよりも。それよりも・・・」


ハスキーな声がワントーン下がり、真剣さを孕む。



「バル様こそ、いいんすか」



「ん?・・・何のことだ」



「見てりゃ分かるってもんっすよ。言ってくれたら、俺、運びますよ」



落ち着いたブラウンの瞳がザキの顔をまじまじと見つめる。

いきなり何を言い出すのかと、バルはすぐには理解できないでいた。

ザキはそんなバルを睨むようにして見、ずいっと近付いて声を潜めた。



「俺なら、手の届かねぇとこに仕舞いこんで絶対離さねぇ。協力しますよ」


「―――っ、な、何言ってるんだ。そんなこと出来るわけないだろう。それに、勘違いするな。そんなんじゃない」



暫く固まったように動かないでいたバルは、動揺を隠すように早口で言い、ザキの瞳から逃れるように視線を外した。

そんなバルの正面に移動して見据える。

ザキは、前々からもどかしく思っていることを、無遠慮に口にしていた。



「そんなことねぇっすよ、貴方様はそうしたいと思ってるはずです。やる前から諦めるって、貴方様らしくねぇなぁ」

「違う。そうではない。そんなことを憶測で口にするな。誤解を生む」

「誤解されてもいいじゃねぇか。それに、憶測じゃねぇっすよ。さっきの金目の原因は―――」

「黙れ!違うと言ってるだろう!」



なおも言い続けようとするザキに対し、声を荒げて制したバルの瞳が再び金に染まり始める。

ざわざわと心が騒ぎ始め、制御出来ずに、握った拳を地面に叩き付けた。

落ち着き始めていた心が再び高揚し、狼の血が荒ぶる。

滅多に気持ちを乱すことのないバルの反応に、ザキは怯み、口を噤んだ。

目の前のバルは、どんどん昂っていく気持ちを落ち着かせようとしているのか、瞳を閉じて胸を抑え深呼吸を始めている。



「すいません―――・・・でも俺は―――」