魔王に甘いくちづけを【完】

生まれながらの高貴な身分で、こういうことを一度もしたことがないバル。

慣れていないせいか、テーブルの上の器の中から食べ物をすくい、こんもりと盛ったスプーンだけがぎこちなく動きゆっくりユリアに近付いていく。

長い距離を運ばれ、プルプルと震え、今にも落ちそう。



「バル?あの・・・零しそうよ?えっと、それはね・・・」

「―――っ、待った。後にしてくれ。今は静かに。集中してるんだ。そこから動かないでくれ」



ユリアの言葉を途中で遮り、真剣な表情でスプーンの先を睨んでいる。

ゆっくりと運ばれてくるそれを、ユリアは餌を待つヒナ鳥のように零さないよう懸命に口の中に収めた。

息を止めていたのか、ふぅと息を吐くバル。



「・・・こんなに大変だとは思わなかったな。まったく、奴を尊敬するよ」



こんなことならコツを聞いておけばよかったと、やれやれといったように肩をすくめつつ、次をひとすくいしようとテーブルに向かった。

こんもりとすくい、再び慎重に手を動かしスプーンを運ぼうとしている。

食べ物の咀嚼が終わったユリアは、その様子を見て堪えきれずにぷっと噴き出してしまった。

クスクスと笑っていると手を止め、なんだ?と言いながらバルが振り返り見た。

真剣な表情が見る間に崩れ、釣られたのか一緒になって柔らかく笑う。

その口の端に立派な牙がちらりと覗き見えた。

優しげなブラウンの瞳が笑うユリアを見下ろしている。



「で、どうしたんだ?何がそんなに可笑しい。俺はこれでも真剣なんだぞ」

「それは分かってるけど。だって・・・バル、違うわ。こういうことはやり方があるのよ。あのね―――」


照れたような表情で頷きながらユリアの言葉を素直に聞くバル。

こんな風に接するバルはとても気さくで、リリィが言うところの“ラッツィオの偉い人”にはとても見えない。

あの組織に捕まったのも、きっとこの気さくな人柄が災いしたのかもしれない。

ユリアはときたま雑談を交えながら世話をしてくれるバルに、僅かに芽生えていた警戒心を解き、器が空になる頃にはすっかり打ち解けていた。



―――バルは不思議な魅力を持ってる。

人を和ませてするりと心の中に入って惹き付ける。

この国の上に立つ“偉い人”なのも分かる気がするわ。

きっと人望も厚くて立派な人なんだろう。

ラヴルとは全く違うタイプね―――


ラヴルは・・・

いつも静かな威厳を放ってて近寄りがたくて。

時たま、感情がないのではないかと思うほどの冷たい瞳を見せる。


“・・ユリア・・”


でも、名前を呼びながら向けてくる漆黒の瞳はいつも優しくて。

私の心をしっかり捕らえて離さない。


ラヴル・・・私は、もう一度貴方に会うことが出来るのかしら。

あなたの元に、帰ることが出来るのかしら。