魔王に甘いくちづけを【完】

「・・・悪いが、私の愛情はお前ほど易くないのでな・・・。誰でも、と言うわけにはいかんのだ。いいか、この件は誰にも口外するな。もし、禁を破れば―――」


漆黒の瞳がスゥと赤くなり、小さな破裂音とともに空のワイングラスが粉々に砕け散った。

それは砂のように小さな粒となり、光りを受けてキラキラと宙に舞う。



「―――分かったな。分かったら、もう行け」


大臣はごくりと息を飲み一瞬たじろぐものの、再び一歩前に進み出る。


「セラヴィ様・・・・そのようなことを仰っては」

「黙れ、行けと言っている」

「では、セラヴィ様。後程この薬湯をお飲み下さい。さぁ大臣殿、行きましょう。セラヴィ様にも、お考えがおありなのでしょうから」



御殿医は用意してきた薬をテーブルの上に乗せ、まだ何か言いたげに唇をふるふると震わせる大臣を促し、退室していった。



――――あと1年、か―――

そこまで悪化していたとは、思ってなかったな。


“跡目を譲る”

ラヴルに会い打診をした、あの日まで、確かに、私は引退をしようと心に決めていた。


返事次第では大臣を説得し、王冠を渡し、命が尽きるその日まで国の片隅で静かに暮らそうと、そう決めていた。



「もう、気が弱くなっていた・・・あの時までは、いつ命が無くなってもいいと、そう思っていたな」




愛を注ぐのは、誰でも良いというわけにはいかない。

日ごとに増していくこの想い。

今、考えるのであれば、私には、あの娘しかいない。


もしも、娘がクリスティナであったとしたら、それが一番いいのだが。

しかし、例えそうでなかったとしても、これほどに切望するのだ。

娘に会い、すぐに愛情を感じることも可能だろう。

互いに愛をはぐくませ、妃として迎えられれば、私は、最強の魔王になる。


もしもそうなれば―――


忘れていた、燃えるような熱情が、身の内に湧く。

王になったら、と考えていた政策や改革。

私にはやり残したことが山ほどにある。

今、このまま王でありたいと、生き続けたいと、願う自分がいる。



「生き甲斐、か。これほどに気持ちが変わるとはな・・・」




漆黒の瞳が燃えるように赤く染まる。


娘に会わなければ。


時間が、ない――――



先日出した力、それが仇になったのかもしれん。


あの時は、我ながらに上手く誘導出来ていた。


なのに、だ。突然割って入ったあの声。


“駄目!!”


小さきものであるのに、発揮されたのは結構な力だった。

この我が手から、逃れていくのを追いかけるも、求める者は忽然と消えてしまった。



何処に、何処に行った―――


震える掌をじっと見つめる。


この手の中に入れるまで、あと、僅かであったのに。



――――っ!一体何処に行ったというんだ――――


瞳を閉じ集中して探るも、体に入れた黒の使い魔の気配は全く感じない。

それほどに遠いのか。

まさか、ロゥヴェルにはいないというのか。



―――探し出す、ラヴルよりも先に。


必ず、我が腕の中に――――