魔王に甘いくちづけを【完】

「すまん、それは気の毒だな」

「ぃぇ・・・ぁ・・・これ、どうぞ」


震える手で飲み物を渡すと、余程のどが渇いていたのか、娘の手から奪うようにしてコップを持ち、ストローがあるにも構わずにそのままごくごくと美味しそうに喉を鳴らした。


「うめぇな~・・・ありがとな」


「あの、よかったら・・・このお菓子もどうぞ」


狼男は“いいのか?”と言うような顔をした後、貪る様に食べ始めた。


―――よほどお腹が空いていたのね・・・。


あまりにも美味しそうに食べてくれるので、娘はなんだか嬉しくなった。

バルのおかげで、さっきから感じている言いようのない恐怖感が、少し薄れた気がした。



「あ~生き返った・・・あいつら、ろくなもん食わしてくれなくてさ。ありがとな。感謝するよ」


「いいえ、どう致しまして」


「ここには、攫われてきた奴と、売られてきた奴が居るんだ。俺は酒場で飲んでいた時にやられたんだ。知らない奴だったが、妙に意気投合してさ。油断してたらこうさ―――」


バルは後頭部に拳を素早く当てて、殴られた動作をした。

よく見ると髪はぼさぼさで全体に汚れてはいるが、澄んだブラウンの瞳には生気が漲っていた。


この人思ったよりも若いのかもしれない。



「バルは随分長い間ここに居るの?」


「あぁ、そうだな・・・長いと言っていいのか、俺が捕まったのは3週間前だ。前回のオークションで出ていくことが出来なくてな。そのままずっと連中と一緒に居る。連中は今夜も俺を出すつもりらしいが、俺は売られる気なんて全くない。前回はわざと病気のふりして客の購買意欲をそいでやったんだ・・・。連中の慌てようと言ったらそりゃなかったぜ」


バルは愉快気にニヤニヤと笑った。

その後、忙しげに動き回る黒服達を、睨むようにして見る。



「その代わり、その後の待遇が最悪になったが、な・・・・だが、それも今夜までだ。俺はここから脱出する」


「でも・・・首のベルトが・・・それに鎖も」


言いかけて娘はハッとした。

バルの首にはベルトは巻かれているが、鎖は繋がっていない。


「こんな鎖、満月の夜の俺にはなんてことないさ。今夜は月が霧に隠れているようだが、満月のパワーが俺のこの体に伝わってくる。月を見なくても俺は変身できるんだ。奴らはそれを知らない・・・」


娘が黙って見ていると、腕に堅い金色の毛がみるみるうちに伸びてきた。

バルは会場の様子を見ている黒服の背中を、様子を窺うように見る。

男は青いカーテンの中の係りの男と何か話しているようだ。

こちらに気付く様子はない。