魔王に甘いくちづけを【完】

無機質な部屋の中、娘は震えていた。

他の生き物たちの訳の分からない言語や、鳴き声が耳を塞いでいても聞こえてくる。

すでに手の拘束は解かれていたが、その代わりに他の生き物たちと同じ様に革のベルトのようなものを首に付けられた。

そこから細い鎖が伸びて、部屋の隅の棒のような物に繋がれていた。

目の前にあるテーブルには冷たい飲み物とお菓子が乗せられている。

これは、さっきメイクを直してくれた女の人が“落ち着くから食べなさい”と言って持ってきてくれた。

娘は、実は喉が渇いていたが、それに気がつかないほどに怯え震えていた。

部屋の中に居た異形の者たちがどんどん青いカーテンの向こうに連れていかれ、最初ここに来た時に比べて随分減っていた。



――あの青いカーテンの向こう・・・。

ここにいた生き物の他に、宝石や有名画家の絵画や骨董品が売られてるみたい。

金槌みたいな音がどんどん聞こえてくる。

どうやって集めたのかしら・・・。

こんなに怖いのなら、あの時フルーツを食べなければよかったわ。

あのままずっと、ぼんやりと何も考えずに何も感じずにいれば、こんなに辛くなかったのに・・・。



娘は自分の腕で震える体を庇うように、ぎゅっと包み込んで俯いた。



「おい・・・お前・・・お前も、攫われてきたのか・・・?それとも売られたのか・・・・?それ、飲まないなら俺にくれないか?のどがカラカラなんだ」


不意に隣から声が聞こえてきて、娘は驚いて顔を上げた。

こんな場所で、黒服達の他に人の声が聞けるとは思っていなかった。


「誰?」



黒服達にばれないように気を使いながら、声のした方を見ると、薄汚い服を着て髪がぼさぼさの男がそこにいた。

それは、最初に部屋に入って来た時に見た、あの狼男だった。


いつの間に近くにきていたのか、まったく気がつかなかった。

狼男は辺りを警戒しながらこっそりと話しかけてきた。



「俺は狼男のバルって言うんだ。お前名前は?」


「名前・・・・。私、分からないんです。何も覚えてなくて・・・」


「記憶が無いのか―――」


バルは気の毒そうに娘の顔を見た。


――こんなに美しい娘・・・何処から来たのか・・・。

匂い立つ柔らかそうな白い肌。

狼男の俺でさえも食指が動きそうになる。

この国の奴らにとっては、これは堪らないだろうな・・・。