魔王に甘いくちづけを【完】

ラヴルがユリアを抱いた時刻、夜更けの王宮殿では豪華な王の寝室の中で肘掛け椅子に座り、一人目を瞑るセラヴィの姿があった。

瞼の裏に浮かぶのは、記憶の中に鮮明に残るあの日のクリスティナの姿。最後の会瀬。




「・・セラヴィ様・・・それは、なりません・・」


目の前の唇から弱々しく拒絶の言葉が漏れる。


色とりどりの花が咲き乱れ、光り溢れる庭の片隅で、細く柔らかな体を包み薔薇色の頬に手を添えるセラヴィ。


黒目がちな大きな瞳。

それを縁どる長い睫毛。



長い親指が艶々とした薄紅色の唇を丁寧になぞる。


少しの力で手折れそうな華奢な体。


美しい黒髪が風になびき、爽やかなコロンの香りがセラヴィの鼻をくすぐる。




すべてがセラヴィの目を捉え、心までをも離さない。

愛しく想う気持ちがセラヴィの気を逸らせる。



「貴女との婚儀は目の前だ。少しくらい早くても、何も差支えん」


「駄目です・・・。正式な儀式を通さなければ・・・私は・・・」



そう言って瞳を伏せ、恥じらい俯いていくクリスティナ。

それを許さず、小さな顎に指を当て上を向かせる。


―――美しい・・・。


揺らめく黒い瞳。

戸惑うようにふるふると震える唇。



「そのようなことは後になんとでもなる。私を誰だと思っている。魔界を統べる王だぞ―――いいから、観念しろ。クリスティナ―――」



体を引き寄せ、ぴたりと密着させると、観念したように瞳を閉じた。



セラヴィの顔がクリスティナに徐々に近付いてゆく。

薔薇色の頬と唇に息がかかるほどになったその刹那に、側近の声が庭に響き渡った。


「お待ち下さい!セラヴィ様!」



余程意を決して声を出したのか、側近の顔が強張っている。

二人並んで立つ側近たちの顔を、交互に睨みつけるセラヴィ。



「何だ・・・無粋だな。どちらが止めた」



側近は震えながらも前に一歩進み出て頭を下げる。

セラヴィの漆黒の瞳が、赤く染まり始める。



「私です。申し訳御座いません。ですが、もうそろそろお戻りになりませんと、お体に障ります」



側近は再び深々と頭を下げた。

声を出した瞬間に覚悟は出来ている。



「貴様か、いい度胸しているな。覚悟しろ・・・」


「待って。セラヴィ様・・・お願い、お待ち下さい」



制裁を加えようとしたところを、目の前に現れた白く細い指に阻まれた。

小刻みに震える指。

薬指に嵌められた指輪が日の光に当たりキラリ煌く。




「クリスティナ、何故止める?」


「あ、ごめんなさい。でも、あの方を傷つけるのは・・・セラヴィ様のためを思ってのことですもの。お止めください」



正面に立ちはだかり、双眉を寄せ、懇願するように見つめるクリスティナ。

自らも恐怖に震えているのに、懸命に止める気丈な心は実に愛らしく、魔王の嫁に相応しいものだ。

クリスティナの指を取り、口づけを落とすセラヴィの瞳は、赤から黒へと変わっていた。




「クリスティナは甘いな・・・。分かった。その代わり早く我が元に来い。いいな?それが、交換条件だ―――――――・・・・」