am.8:11

「あい…。」

不意に出てきた言葉は、飛行機のエンジン音に消されたことを確認し、窓際のチケットを持った僕は、透明のガラスへ頭をくっつける。

小さくなっていく人、車、街並み。

神様がいるとしたら、よっぽどの視力の持ち主なんだろうな。なんて、隣りで雑誌を読んで笑っている、スーツ姿のおじさんは、まるで、僕のつまらない考えを聞いているかの様だった。

煙のような薄い雲が、物凄い勢いで、後ろへ飛んでいく。

また、子供みたいな考えが浮かんでしまう。

雲に乗れるなんて、誰が言ったのだろう?

もし、何かのトラブルで、自分の名前がニュースに載ったら…。

馬鹿気た考えをした事に気付くと、僕は鼻で笑ったりなんかする。

雑誌に夢中のおじさんは、今は真剣に読んでいる。

先程の考えは、どうやら、大きく裏切られた形となった。

am.9:27

耳が物凄く痛い事に気付いた時、現実の世界に戻ってきた。と、遅く気付く。

いつの間にか、眠っていたみたいだ。

右の耳が痛い。

耳の中にある鼓膜と言う薄い紙が、力強い何かで、破られているようだ。

窓の外を伺うと、僕が乗っている飛行機が、滑走路を走っている。

少しづつ、動きが鈍くなる飛行機に合わせる様に、

「誠に、ありがとうございました。お忘れ物ご…」

それを無視するかの様に、お客達が、次々と飛行機を降りて行く。

隣に座っていたおじさんは、僕に申し訳なさそうに、急いで、上に積んだ荷物を取り出している。

最後に降りるのが好きらしい僕は、重い荷物を肩にかけ、一礼する綺麗なお姉さんに、どうも。と、捨て台詞を置いて行く。

外の空気は、相も変わらず暑かった。

いや、暑かったのは当たり前で、『こっち』は『あっち』にいた温度に、暖房を当てられているみたいだった。

天気は曇り。

しかし、雨など降る様子は無い。

僕の前を歩く、小さな子供が可愛い。

耳に、変な感覚。が、残っていたが、つい微笑んでしまう。

母親だろうと思う人が、

「危ないから、こっち来なさい!!」

と、子供の手を引いて、僕の目の前から消えていった。

am.10:05

「よっ。」

小汚い車で、親父が迎えに来た。

「ただいま。」

友達のように話せる父だが、昔は怖くて、話すことも緊張したくらいだ。

しかし、未だに『親父』とは声に出して言えない。

久々に故郷の地を踏んだせいか、心が踊っているのが分かった。