am.00:28

「お飲み物は、お決まりですか?」

首を締め付けていたネクタイを緩め、重たそうなスーツを脱ぎながら、一人の男性が、

「初めは、やはりビールですかね?」

と、同じような行動をしていた男性に、問掛ける。

そうだな。と、答えが返ってくると、

「じゃ、ビールで。」

声を出すのも面倒臭くて、僕に返事をした男性に、ピースをしてみる。

あっ、うん。と言ったのを確認して、かしこまりました。と、軽快に、お決まりの言葉を言う。

冷えたサワーグラスを、右手で二つ掴み、一つ目を、サーバーにセットする。

グラスを斜めにして、ビールを注ぐのだが、意外にも、これが難しい作業。

泡が三、ビールが七の割合が、一番ベスト。と、周りの人々は、口々に言う。

しかし、慣れたもので、サーバーが不調を訴えない限り、一分も待たすことなく、ビールを作り上げる。

「ごゆっくり、どうぞ。」

と、何度、同じ台詞を言っただろうか?なんて、考えることは無く、カウンターから、裏の方へ逃げこむ。

煙草に火をつけ、ニコチンを、体の隅々に染み込ませる。

「ゆうちゃん。」

六十歳くらいの、女経営者が、僕に話しかけてきた。

六十歳と言っても、見た目は、年よりかは若く見えるが、考えが古く、一人で黙々と話す。

「今、お客は何人?」
「今日の売り上げは?」
「明日の発注は?」

全ての問掛けに、相槌を打つ。

「今は、一組二人。」
「今日は、厳しいですね。」
「発注は、後でしますよ。」

いつも、裏で吸うタバコよりも、お金のことしか頭に無い経営者の方が、煙たい。

小さな灰皿に、煙草を押し付けたと同時に、

「スイマセーン。」

先程の、お客からの呼びだし。

はーい。と告げ、注文を、再度伺(うかが)う。

「ビール、もう一杯。」

「お二つで?」

と、聞いてみると、一度、はい。と、言ったのだが、

「一つは、レッドアイで。」

と、毎回、出遅れて言葉を発する男性。

レッドアイとは、僕が働いている店では、ビールに、トマトJを足すだけ。と言う、簡単な飲み物。

サワーグラスの中は、トマトの色で埋められているが、泡がたっているからか、少し奇妙にも思える。

レッドアイ…か。

少し前のことを思い出し、苦笑いしている自分がいることに、気が付いた。