何百年も前から続いているジプシー、
流浪の民のすばらしい本能芸術。
虐げられ追われ追われて・・・・。

それでも圧縮された人間根本のエネルギーは、全ての
ものを吹き飛ばす。悲しい哀愁を帯びた歌も真実だし、
激しいフラメンコステップの爆発も全て真実なのだ。

作り物ではない長い抑圧の歴史をオサムは感じた。
曲はさらに盛り上がって本命登場。カスタネットの
音がして重い扉がスーッと開くと、躍り出たのは

これまた妖艶な絵にかいたような絶世の美人ダンサー。
われこそはフラメンコの女王なり!顔をカクンと上に上
げて大きく胸を張る。すごい迫力だ。皆息を呑んでいる。

非常にスローなところからスタートしてすぐパタと止ま
って顔をカクント上に上げる。扉前から徐々にこちらへ
近づいてくる。何度目かのカクンで気が付いた。

この人昼間のママさんだ。あの仁王立ちででかかった
ソフィアローレンばりのママさんに違いない。急に
親しみを感じてにこりと合図をした。かなり近づいて

最後のカクンをしたとき、明らかに彼女は微笑んで
大きくオサムにウインクをした。くるりと反転して、
今度は周りのお客にカクンをしている。

ひとしきりカクンをし終わって、曲の強弱が激しく
なってきた。再び扉前から徐々に近づいてくる。
カスタネットと強烈なフラメンコステップだ。

ひたすら主賓席のオサムをにらみつけて迫ってくる。
『こわーい。飲み込まれそう!』

マメタンもオサムにしがみつく。がぶりとやられ
そうになったその瞬間にはたとまた急反転。
曲がかなりスローになってカスタネットが止んだ。

胸元から長めのスカーフを取り出す。軽いふわっとした
水色のスカーフだ。とてもなまめかしくスカーフを操っ
て踊る。おもむろに手前のおじいさんの首にふわっと

スカーフを回した。出てきて踊れというわけだ。
『ノン、とんでもない』

手を振って白髪のおじいさんは辞退した。次のおじい
さんはもう来る前から逃げ腰だ。・・やばいぞこれは。
フラメンコの練習をしとけばよかった。が、もう遅い。

左一列は皆辞退。
『さあ、俺の番か?』

と思いきや。
『ふん』

とやきもちを焼くように素通り。何これ?。オサムは
立ち上がりかけてまた座りなおした。