魔王と妃

逃げないと――

私が私でいられるうちに――


深淵の迷路のような魔王城の中を振り返ることなく走る少女が一人
髪が乱れることも構わず
紫色の瞳に涙を浮かべながら必死に走っていた

彼女が目指す場所はただ一つ
城の最上階にある他国へ移動するための魔法陣である

あと少しでその場所へたどり着くというとき彼女の前に
見知った姿がみえた

「そんなに急いでどこへ行くのだ…ゼブルにお仕置きされてしまうぞ?」

笑みを浮かべながら立っていたのはこの魔界の大魔王であるルシファーと
その妃である美しい女性だった



見つかってしまった――



連れ戻されると思ったエミにルシファーは思いがけない言葉をかけた



「お前が…この場所から逃げるというのであれば手を貸そう」



この方は何を言っているのだろうか…
この方はゼブル様のお友達だと聞いている――

何かの罠ではないのだろうか


「疑っておるのか?…この私を」

そうこうしているうちに先ほど話し合いを終えたゼブルがお前を連れ戻しに
きてしまうぞ?

決断を迫るように自らに問うルシファーの手をエミは戸惑いながら手に取った


「うむ。わるいようにはせぬよ」

ルシファーの言葉とともに光に包まれたとき
遠くから私を呼ぶゼブル様の声が聞こえた――