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 「怒ってませんよ?」
確かに、怒ってはいなかった。だが、出されたお茶の色が得体のしれない泥のような茶色だった。
「いや、しかし…悪いことをしてしまったと…」
しどろもどろと言葉を吐くベルデウィウスにミルクと砂糖を差し出す。
「?」
「珈琲と言う飲み物です。豆を炭化させて、それを細かく機械で砕いてお湯で抽出したものです。苦いんですが、砂糖とミルクを入れると美味しいんですよ」
ミルクと砂糖をどばどばとカップにそそぎいれ、スプーンでぐるぐると回す。
その様を見て、どう美味しいのか理解できずにいた。
甘いだろうに、それだけ砂糖を入れれば…。
そう、ベルデウィウスが思っていると、
「ところで、私に何か用でしょうか?」
そうベルデウィウスに問うシルヴィア。
ベルデウィウスは何とも言えない表情で、シルヴィアを見つめる。



用、とは。
たぶん、礼を言いたいのだろう。
それは良い。
いま、告げればいいのだから。
告げて、去ればいいのだ。



だが、その言葉が出てこない。
告げて去れば――、それまでだろう。



「………」



シルヴィアのまっすぐな紫《アメジスト》の目の視線に耐えられず、彼女から顔をそらす。
シルヴィアはいぶかしむことなく、珈琲を一口口に含む。
静寂が数分間支配する。
シルヴィアの珈琲をこくりこくりとと微かに響く飲む音。
そして、ベルデウィウスは覚悟を決める。
覚悟?と、戸惑いながらも、シルヴィアに視線を向け、



「私の友の傷が完全に回復したのは、シルヴィア、君のおかげだ」
喉の奥から吐かれえる言葉。
その言葉が、喉を割くように痛い。
「ありがとう。私の友を助けてくれて…」
そして、最後の言葉を吐きだす。



視線はシルヴィアの顔から手元のカップに下がっていた。
だから、シルヴィアのキョトンとした表情を見ることなく、そして――。
「ふふふ」
笑い声が響く。
ベルデウィウスはカップから上へと視線を上げ、






「どういたしまして。漆黒の方」






今までと違った――美しい微笑みを見た。
全身が熱くなる。
音を立てて席を立ちあがり、呂律の回らない口調で帰る旨を伝えるとシルヴィアはベルデウィウスに告げる。






 「では、またいつか。また頑張って魔法薬を作って待っています」







そう言って微笑んだ。