そんな事をすっかり忘れていた、ある夏の日の夜だった。


 一人の若い女が家を訪ねてきた。


「夜分恐れ入ります、その節は大変お世話になりました。
 おかげ様ですっかり傷も癒えました。
 本日はあの時のお礼をさせて頂きたくて参りました」

「お、お礼‥‥?」


 突然の訪問者を僕は全く知らない。

『こんなキレイなヒト‥‥』


「あの、失礼ですが人ちがいでは…。
 私には全く身に覚えが…」

「覚えていませんか!? 私、あなたに助けて頂いたツルです」


 その言葉にハッと気づいた。

 嗚呼…なるほど、人ちがいではなかった。

 なんて事はない、ただのキチガイだったか。


 困ったもんだ、たまの休みにコレじゃあ、やってられない…。


「あ…いや、今うちのも出てまして…ですんでそういう類のアレはちょっとアレなんで‥‥」

 引きつった顔で玄関の戸を閉めようとした僕に慌てて女は言った。

「お、憶えていませんか!?
 ワナにかかって傷ついた私を介抱してくださったのを?」


 そう言って、思い出した様に脚を差し出した。

 その細く、真っ白な脚には確かに身に覚えのある手拭いが巻き付けられていた。


「そ、そんなまさか‥‥」


 半信半疑ではあったが、世の中には不思議な事もあるもんだと、ツルとの再会を喜んだ。