「憎帽筋」


うなじから肩、そして二の腕へと移動する。


「あああ……いいな。この上腕三頭筋」


ふうっ、と生温い空気が入って来る。


「んあっ! ……がああっ! 気色わりいー!」


一気に目が覚める。


カッと目を見開く。


「やめろよ! 毎晩、毎晩!」


枕に携帯電話をばふっと投げつけ、うつ伏せのまま振り向くと、


「いいだろ、別に。触るくらい」


おれの背中にうつ伏せになって乗っていたのは、春倉誉(はるくら ほまれ)だった。


男ふたり分の重さで、ベッドが軋む。


「ばか言うな! 気色わりーだろ」


下りろ、と大きな声を出しても誉は「あと1分」とおれの二の腕に頬ずりをした。


「うっ……」


気色悪いを通り越して、気味が悪い。


全身がぞくぞくした。


もう一度言うけど。


「おれはノーマルだ。そういう趣味はこれっぽっちもねえ!」


6畳一間の狭い空間。


それを真ん中で区切って、窓に向かって左がおれの島、右が誉の島だ。


ひとつの部屋を、ふたりで使っている。


クリーム色の壁のあちこちには落書きがあって、それがまたおれの野球魂を奮い立たせるのだ。


【好球必打】


これを書いた人は4番打者だったんじゃねえかな、とか。


【全力投球】


これはたぶんエースだな、だとか。


歴代の先輩たちもここで生活していたんだなと思うと、胸が焦げそうなくらい熱くなる。


【球道無限】 【野球人生】


そんな四字熟語がペイズリー柄のように複雑に入り組んで、壁を埋め尽くしている。


その中にひとつ、やけにおれの心に響いたものがある。


丁度、おれの枕元の高さに、その文字は書かれてある。